地球温暖化が進むなか、2020年の省エネ基準への適合義務化を先送り

資源エネルギー庁が策定するエネルギー基本計画には、現段階で2020年までに新築住宅および建築物の省エネ基準への適合義務化を「段階的に進めていく」という方針が明記されている。

しかし、建築物や住宅の生産関連団体や有識者の意見を集約する過程において、特に住宅についてはまだ業界の認識やコストを吸収する技術などが省エネ基準の適合義務化に達していないことを主な理由として配慮を求める声が大きく、これを受けた国土交通省は検討の結果、省エネ基準への適合義務化を先送りすることに決めた。

ただし、報告書には
1)省エネ基準への適合可否について説明を義務化すること
2)ハウスメーカーなど住宅事業者をトップランナー制度(省エネ基準を最も省エネ性能が優れている機器の性能以上に設定する制度)に追加すること
3)断熱改修された住宅の市場評価手法に向けて環境整備すること
なども盛り込まれ、温室効果ガス排出量の削減目標達成に向けて、住宅・建築分野に課せられた中期目標をクリアする方策に着手する方向性は示されている。

日本では地球温暖化による自然災害の増加および局地化・激甚化が急速に進むなか、温室効果ガスの削減は待ったなしの状況にある。第5次エネルギー基本計画では2030年に温室効果ガス26%削減、2050年には温室効果ガス80%削減を目指すとの方針が謳われている。

2020年基準を先送りして、果たしてこれからの住環境は保全できるのか、温室効果ガスと気象災害を減らすには具体的にどうすれば良いのか、専門家の見解を聞いた。

地球温暖化が進むなか、2020年の省エネ基準への適合義務化を先送り

生活者・事業者の意識改革が必要 ~宮村昭広氏

<b>宮村昭広</b>:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に宮村昭広:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に

今国会で審議中の「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」(建築物省エネ法)の改正案では、延べ床面積300m2未満の住宅や建築物、及び中・大規模マンションに対する適合の義務化が見送られた。義務化された場合は、建築時に省エネ基準に適合しないと建築確認が下りず建てられないため、黙っていても省エネ化は進むはずであり、義務化の網を建築物全体にかけないことに疑問の声が上がっている。

国交省の幹部は、見送りについて「9割超が基準をクリアしているオフィスビルなど中・大規模の建築物に対し住宅系は6割程度。いきなり義務化すると、経済的にも大きなハレーション(悪影響)が起こることが想定されるため」とした。一言でいえば「時期尚早」ということ。それでも、地方自治体の指示命令や建築士などによる施主への説明義務の徹底によって、閣議決定された温暖化対策計画のCO2削減目標は達成可能と強気の構えだった。

改正案に関して、パブコメ段階でも賛否両論が活発だったようだ。社会資本整備審議会で部会長を務めた深尾精一東京都市大名誉教授も「法改正で規制強化の方向で意見が多かったケースは少ない」というほど関心が高かった。また、義務化に対しての反対意見も、省エネ化を進めなくても良いということではなく、「国がやるべきではない」という立場であって、全体的には省エネなど質の高い建築物を増やす方向に動き始めた感はある。

ある国交省OBも「義務化という権利の制限が、社会的に容認されるかどうかということ。前回の2,000m2が、今回の300m2につながったのは一歩前進」と前向きに捉える。

一般に義務化すると、基準に適合させるためにより高い性能に仕様を変えるなど、従来よりコストがかかる。仮に、地球環境問題に対して関心のある施主も、義務化「させられた感」が残れば納得しづらい部分にもなりかねない。このあたり、生活者も事業者も意識改革が必要で、単純な義務化ではなく健康など付加価値の視点を組み合わせるなどの工夫で、近い将来の実現は可能だろう。

将来さらに厳しい規制の可能性も。住宅は可能な限り高性能に ~今泉太爾氏

<b>今泉太爾</b>:一般財団法人 日本エネルギーパス協会 代表理事。千葉県にて不動産会社と工務店を経営。住まいを中心に業務を行う中で、築年数で価値が決まる日本の建築評価制度に疑問を持ち世界基準のサステイナブル建築・省エネ住宅普及のため活動を開始。2011年に日本エネルギーパス協会を設立。省エネ住宅ブランド「低燃費住宅」を全国展開。全国で省エネ住宅の普及に向けた講演会やコンサルティング活動を行っている。国土交通省 住宅のエネルギー性能の表示のあり方に関する研究会委員、長野県 環境審議会 地球温暖化対策委員会委員等も務める今泉太爾:一般財団法人 日本エネルギーパス協会 代表理事。千葉県にて不動産会社と工務店を経営。住まいを中心に業務を行う中で、築年数で価値が決まる日本の建築評価制度に疑問を持ち世界基準のサステイナブル建築・省エネ住宅普及のため活動を開始。2011年に日本エネルギーパス協会を設立。省エネ住宅ブランド「低燃費住宅」を全国展開。全国で省エネ住宅の普及に向けた講演会やコンサルティング活動を行っている。国土交通省 住宅のエネルギー性能の表示のあり方に関する研究会委員、長野県 環境審議会 地球温暖化対策委員会委員等も務める

2018年10月8日に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した最新の『1.5℃の地球温暖化に関する特別報告書』(以下1.5℃特別報告書)では、温暖化を1.5℃以内に抑えるという目標を達成するには、世界の炭素排出量を2030年までに2010年の水準から45%以上削減し(2017年比49%)、さらに2050年までに炭素の排出量と吸収量が等しくなる「カーボン・ニュートラル」を実現しなければならない。1.5℃以下に抑制できない場合は、陸域で深刻な熱波が発生する回数が増え、特に熱帯地方でその傾向が顕著になり、例えば日本(東アジア)では台風の発生回数が増える可能性が高いと指摘されており、事態は深刻さを増すばかりである。

ところが、日本政府の掲げる2030年26%削減をはじめとする、各国の持ち寄った自主目標がすべて達成されたとしても、現状の削減量では3~4℃上昇してしまう状態であり、これから10年間の間に、現行目標と1.5℃目標との大きなCO2排出量ギャップを縮めていかなければならないのだ。

このような現状を踏まえると、さらなる温室効果ガス削減量の積み増しが必要であり、省エネ基準の大幅な引き上げが必要な状態にもかかわらず、建設業界への配慮によって義務化自体を先送りすることは、社会保障政策など各所で見られる典型的な日本型先送りシステムの弊害であり、将来世代への大きな負担となる。

なお、今回の建築物省エネ法改正案は1.5℃特別報告書の内容は全く考慮されていない。そのため今後、政府が報告書を踏まえた新たな温暖化対策方針を示す予定となっており、1.5℃目標達成のために、今より大幅に強化された削減目標が新たに設定されることになる。つまり、今回義務化を先送りしたことによって、将来の義務化の際にはさらなる厳しい規制となる可能性を考慮しておく必要がある。もし1.5℃特別報告書を踏まえた新たな義務化基準が建設した住宅の性能を上回っていた場合、既存不適格住宅(建設当時は適法だったが現行法では違法建築という意味)となってしまい、建築主は資産価値を大きく毀損してしまうリスクがあるからだ。

住宅の省エネ性能は新築時に採用せず、将来リフォームで対応する場合、新築時に対応する場合と比較して十数倍コストが高くつく。将来義務化される基準が不透明な状態である現状を鑑みると、これから住宅を建設する方は、住宅の省エネ性能は現行省エネ基準達成を最低条件とし、できればZEHや誘導基準を超えた、可能な限り高性能住宅を選択することを強く推奨する。

エンドユーザーがメリットを分かり易く実感できるか?が普及の鍵 ~榊原 渉氏

<b>榊原 渉</b>:1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修了。1998年4月株式会社野村総合研究所入社。現在 グローバルインフラコンサルティング部長/上席コンサルタントを務める。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援榊原 渉:1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修了。1998年4月株式会社野村総合研究所入社。現在 グローバルインフラコンサルティング部長/上席コンサルタントを務める。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援

今回の次世代省エネ基準適合義務化の延期は、止むを得ない措置だったと思う。もちろん、温室効果ガスの削減は国を挙げて取り組むべき待った無しの課題ではある。しかしながら、エンドユーザーの認知が進まないなかでは、義務化は延期せざるを得ないだろう。

そもそも、次世代省エネ基準に適合した住宅が普及しない最大の理由は、エンドユーザーにとってのメリットが、具体的に分かりにくいからだ。基準に適合した住宅は、建設費(イニシャルコスト)は高いけれども、光熱水費(ランニングコスト)は低く抑えられて、トータルではコストメリットが出ることが、分かりやすく実感できれば、おのずと普及拡大の道筋が見えてくる。そして、その道筋が見えてくれば、業界の認識も飛躍的に進むだろうし、コストを吸収する技術開発も進展するだろう。

では、どうすれば、エンドユーザーがメリットを分かり易く実感できるか?
我々が以前、調査した結果によれば、イニシャルコストの増分が100万円以内で、かつ、ランニングコストが10年分で回収できれば(10年間のランニングコストが合計100万円以上抑えられれば)、エンドユーザーが新しい設備機器等を選択する確率が飛躍的に高まることが明らかになった。つまり、この100万円・10年回収が一つの目安になる。特に、10年で回収できるか?が様々な要因によって不確実性が高いことがネックになるが、エネルギーの買い取り価格を法律で定める固定価格買い取り制度等も一定の効果があるだろう。

今後は、次世代省エネ基準に適合した住宅が実際にメリットを享受できているか否かを、広く情報公開していくことも検討すべきではないだろうか。IT技術やIoTが進展するなか、基準に適合した住宅におけるイニシャルコストやランニングコストに関する情報を広く開示して、メリットを分かり易く伝えていくことも重要ではないだろうか。もちろん、情報公開に際しては個人情報等に十二分の配慮が必要であることは言うまでもない。

断熱性能が足りない住宅は財産権を侵害する ~松尾和也氏

国交省が基準義務化を見送った根拠となっているのが下の資料である。この中の小規模住宅に注目して話を進めるものとする。

まず、基準適合させるための追加措置とあるが、今時このレベルで施工している住宅はかなり劣悪な賃貸アパートくらいしか存在しない。そして、それを仮に基準適合レベルまで持っていったとしてもそれは現状では超ローコスト住宅でもほとんど標準化されているレベルとほとんど同等である。よってどの部材も量産によるコスト削減がすでに終了しており、87万円も追加的コストがかかることは考えられない。筆者の実感だとせいぜい35万円くらいまでであろうと思われる。

また、光熱費の低減が2.5万円とあるがこれは絶対にこの程度の差では収まらないというのがシミュレーション、経験値の両面からはっきり分かる。基準適合しない仕様だと冬は極寒、夏は酷暑となる。冬は厚着や局所的な採暖によってごまかしながら我慢することもできるかもしれない。しかし、温暖化によって激しくなってきた今の暑さに対しては2階の暑さは耐え難いものとなる。そのため、非常に強く長く冷房をつけることになる。さらに経産省の見込みでもこれから電気代は年率3%上がると予想されている。私が2012年から2019年に関西電力エリアでの電気代の上昇幅を実データで計算したところでは年率7%もの上昇率であった。そういったことも加味すると回収期間は実際にはずっと短くなる。これまでの建物は30年程度で解体されてしまうようなやわな建物が多かった。しかし、今の建物は30年程度で駄目になるものは少ない。

その建物が存在し続ける間、数十年にわたり、基準に満たない住宅は余計なエネルギーを消費し続ける。さらにそこに住む人も同じ期間ずっと暑さ、寒さ、高い冷暖房費、そして健康阻害、それによる医療費増大に見舞われる。断熱義務化というと国交省側の見解としては「財産権の侵害」といった概念がよく持ち出されるようである。
しかし、本当に財産を侵害するのは間違いなく断熱性能が足りない住宅である。財産権を持ち出す前に我が国の憲法に書かれてある「健康で文化的な最低限度の生活」を先進国として放棄したことが残念でならない。

この程度の低レベルな基準が放棄されたということは「健康で文化的な生活を送りたければ自分で勉強して失敗しないようにしなさいね。勉強しない人のことは知りません」と国が認めたということになる。
泣き言を言っていても仕方がないので個人的には高断熱住宅をローコストで実現するノウハウを多くの工務店に指導することで、基準に満たない住宅が淘汰されるよう努力しつづけるまでである。

松尾和也:有限会社松尾設計室代表取締役。「健康で快適な省エネ建築を経済的に実現する」をモットーとした設計活動の他、様々なメディアでの執筆活動や講演を行う。2005年、建築環境省エネルギー機構の「サスティナブルTOKYO世界大会」でサスティナブル住宅賞等、受賞歴も多数。

出典:国交省「省エネ基準に適合させるために必要な追加的コストの試算例(住宅)」出典:国交省「省エネ基準に適合させるために必要な追加的コストの試算例(住宅)」

2019年 05月14日 11時00分