高架下保育園建設に力を入れる鉄道事業者

中央線では東京都による三鷹・立川間の連続立体交差事業が行われ、2010年11月に完成。全長9キロにも及ぶ、長大な高架下空間が生まれた。その後、2012年から高架下を活用、店舗や広場その他様々な用途の施設が作られて来たが、そのひとつに保育園がある。

JR東日本は2011年から「HAPPY CHILD PROJECT」と名付けられた子育て支援を通じた沿線活性化事業に取り組んでおり、その中心となる取組みが子育て支援施設の開設。2017年4月には101ヶ所に及んでおり、吉祥寺駅以遠の中央線沿線にも10ヶ所の子育て支援施設が作られている。

うち高架下には3ヶ所あり、そのひとつ、武蔵境駅と東小金井駅間にある定員62人の認可保育所グローバルキッズ武蔵境園を設計した石嶋寿和氏によると、中央線、JR東日本をはじめ、他沿線でも高架下利用の保育園は増加傾向にあるという。「私自身、中央線以外でも赤羽、西船橋、その他沿線などでも手がけており、近年、鉄道事業者は力を入れているようです」。どの沿線も子育て支援施設を充実させることで若い世代を呼び込みたいのである。

高架下に作られたグローバルキッズ武蔵境園。当初は認証保育所だったが、将来的に認可保育所にするために、広さその他は基準を満たしたものとなっていた(写真:黒住直臣。以下すべて)高架下に作られたグローバルキッズ武蔵境園。当初は認証保育所だったが、将来的に認可保育所にするために、広さその他は基準を満たしたものとなっていた(写真:黒住直臣。以下すべて)

高架下なら騒音、交通量を理由にした反対が出にくい

軽量車両、継ぎ目の少ないロングレールを利用していることから、中央線は高架下でもさほど音は感じない軽量車両、継ぎ目の少ないロングレールを利用していることから、中央線は高架下でもさほど音は感じない

しかも、高架下利用にはいくつかのメリットがある。預ける側からすると、駅に近ければ子どもを預けるのに遠回りをする必要がなく、時間に余裕ができる。雨の時でも高架が屋根状になっていれば濡れずに済む。

作る側からすると、建設にあたって騒音を理由とする周辺住民などからの反対が少なくて済むのが大きい。「最近の保育園建設では反対がないほうが珍しいほど。たいていの場合、保育園ができると『子どもの声、送迎の親たちの立ち話の声がうるさいんじゃないか』といった、憶測に基づいた反対が出ますが、高架下なら音の問題はまず出ません」。

駅の近くという繁華な場所であるため、住宅地のように交通量を理由にした反対も出にくい。だが、とすると、保育園はうるさい場所でも良いのかという疑問が出る。石嶋氏に聞くと、保育園建設にあたり、周辺の音に関する基準はないという。

音だけではない。保育園建設には用途地域の制限もないという。ご存じのように都市計画法は市街地の土地の用途を大きく12種類に分け、用途以外の建物を建てられないようにしている。具体的には工業専用の地域では住宅を、低層住宅主体の地域では大型店舗やホテルを建てられないなどというものだ。だが、保育園は住宅が建てられない工業専用地域にも建てられる。子どもにとっての環境を考えると、不思議な気がするが、工業団地で働いている人にとっては団地内に保育園があると便利。そう考えると、保育園がどこにでも建てられるようになっているのは、不思議でもなんでもないのだ。

高架をどう解釈するかで自治体差

どこにでも建てられる自由さの一方で様々な規制もある。特に大事なのは採光。オフィスや店舗の場合には採光は不要だが、保育室部分には確実に採らなければならない。鉄道事業者の多くが乗り出しているにも関わらず、地下鉄事業者が保育園建設に手を出せないのはそのためだ。

高架下の場合、建物の上に高架があり、横にも一定の間隔で柱が2本ずつ連続する。それをどう捉えるかは自治体によって異なり、それによって設計の仕方が変わってくるという。「ある自治体では高架は無いものとして扱うとされたため、柱の前の窓も採光のために有効と判断されました。もし、これをあるものとした場合にはもっと窓を取る必要が生じたはず。また、別の自治体では高架を屋根と解しているため、屋根を実際より大きいものとして窓の面積を計算する必要がありました。あまり知られていませんが、こうした建築担当部署の考え方の自治体差も保育園の作りにくさに繋がっているのです」。

その観点で厳しさが指摘されているのが、バリアフリー法の運用。国は床面積2000m2以上の、一定の用途の施設に基準を適用すべしとしているが、自治体によっては条例で範囲を拡大している。特に保育園については、東京都、横浜市等では面積に関係なく適用される。従って100m2程度の小規模保育所にも「誰でもトイレ」を設置しなくてはいけないなど、面積を有効に使えない例や、そもそも、そうした施設を作ると子どものために使える面積が取れないための計画断念もあり、保育園建設の見えない足かせになっているのだ。

「保育園は子どもが自由に使える施設ではなく、逆にバリアフリーにして勝手に出て行かれたら困るもの。国からはバリアフリーに関する緩和の方向が打ち出されていますが、緩和する権限を担っている市区が尻込みしており、今のところ、変わりそうにありません」。

高架下はともすると暗くなりがち。あえて夜間も灯りを点けてあるため、地元の人達にはこれができたおかげで安心と言われているとか高架下はともすると暗くなりがち。あえて夜間も灯りを点けてあるため、地元の人達にはこれができたおかげで安心と言われているとか

45mの長い廊下には中央線の駅名が

さて、実際の保育園を見ていこう。敷地は90m×11mと細長く、約15mおきに柱が連続する。建物は高架下に置かれた5つの箱とも、5両編成の電車とも見える形をしており、これはメンテナンス、音問題から建物が高架、柱に接していないため。といっても、中央線の場合は最新のステンレス製の軽い車両、継ぎ目の少ないロングレールを使っているため、縁を切らなくてもそれほどうるさくはないとか。確かに訪問時もほとんど気にはならなかった。

内部で最も目を引くのは建物中央にある45mもの長い廊下。電車の下ということで、床には中央線の駅名が記されており、鉄道好きな子どもには嬉しい仕掛け。先生に「今日は四ツ谷まで行こうね」などと言われて歩く練習をしている0~1歳児を想像すると、可愛さで心が温かくなる。

その廊下を挟んで北側にはトイレや玄関、職員の休憩室などが設けられ、南側は保育室。床から天井近くまでの大きな窓が取られており、明るい空間である。廊下との間は引き戸で、開け放して全体を広く、細長い空間にすることもできる。廊下と室内、各室それぞれはフローリングの種類、貼り方、照明などが微妙に異なっており、違う場所であることを感じられるようになっている。

引き戸を開けると廊下と保育室が一体となった広い空間になる引き戸を開けると廊下と保育室が一体となった広い空間になる

保育園で大事な安全と危険のバランス

上/都心にあるビル内の保育所。自然光を取り入れにくい1階を競技場として設計。下/あえて建物中央に階段を作った例。安全を考えつつも、楽しい空間を作ろうという工夫だ上/都心にあるビル内の保育所。自然光を取り入れにくい1階を競技場として設計。下/あえて建物中央に階段を作った例。安全を考えつつも、楽しい空間を作ろうという工夫だ

玄関のある箱からは左右に0歳児、1歳児と2歳児、3歳児、4~5歳児の部屋が振り分けられている。これは当然だが、年齢による生活リズム、成長の差などへの配慮である。大人の施設に比べるとトイレが多いのが目につくところで、各保育室の前に必ず、1ヶ所。低年齢児のトイレトレーニングは重要であることに加え、自分でトイレができるようになっても大人のように我慢ができないということへの対応だという。

もうひとつ目につくのは安全面への配慮。段差はなく、すべての角は丸い。窓も子どもの背丈にあたる高さまでははめ殺しになっている。「子ども用の施設については手すりの高さ、幅その他細かい部分にまで基準があり、基本的には遵守が求められます。ただ、子どもにとって楽しい空間を作ろうと考えると段差は必要。また、保育園の建物内だけを安全にしても社会に出れば危険が多いことを考えると、適度に危険な場所を作り、危険を教えることも大事。保育園経営者の決断があればできないことではなく、保育室の真ん中に階段があるような園もあります」。

安全第一は大事だが、過度に保護することで危険に気づく力が削がれるのは子どもの一生にはマイナス。保育園の教育方針は安全と危険のバランスを考えた設計に表れるものなのかもしれない。

石嶋設計室
http://ecg-man.com/

2017年 05月29日 11時03分