6mの高低差が「世界一難しい」要因

坂が多く、建物が建て込んだ一画に突然現れる、他の建物とは全く異なるプロポーションの住宅、それがヨコハマアパートメントだ坂が多く、建物が建て込んだ一画に突然現れる、他の建物とは全く異なるプロポーションの住宅、それがヨコハマアパートメントだ

流しそうめんのギネス記録は京都府の井手町商工会が2011年に作った3216.7m。ギネスは長さを評価したわけだが、今回、「世界一難しい流しそうめんをつくろう!食べよう!」として、横浜市西区西戸部にあるヨコハマアパートメントで開かれた流しそうめんのポイントは長さではない。

2階建てながら、1階の天井高5m、2階から流すとなると全体で6mもの高低差のあるのっぽな建物から普通にそうめんを流すと、ほとんど傾斜がないため、流しそうめんではなく、そうめんの滝になってしまい、箸で掴めない。そこで建物の周囲、内外にといを回して傾斜を緩くし、箸で掴めるスピードでそうめんを流す必要があるのだが、限られた空間の中で一定の傾斜を保ち、かつ角を曲がる時点でそうめんをジャンプさせずに流し続けるためには傾斜を計算、それに合わせて施工する必要がある。その点が「世界一難しい」ということになるわけだ。

そんな挑戦(!)に挑んだのは横浜市にある設計事務所、オンデザインの人々。ヨコハマアパートメントを作った人達である。

ヨコハマアパートメントでは各部屋を広くするよりも、共有部が広いほうが楽しいだろうと、1階に80m2もある共用部を設けている。その共有部では、月に1~2回の割合で様々なイベントが開かれている。映画の投影あり、バイオリンの演奏会あり、アート作品の展示ありと内容はいろいろだが、偶然、今夏は予定がなかった。そこでオーナーと何かイベントを企画しようと話をしている中で出たアイディアが流しそうめんだった。しかも「建築家が作る流しそうめん」を設計しようという話にまで盛り上がった。

設計のプロにとってそうめんを流すべきは竹ではなく雨とい

中央左手が谷田氏、右側でこちらに顔を向けているのが西田氏。撮影/加藤甫氏中央左手が谷田氏、右側でこちらに顔を向けているのが西田氏。撮影/加藤甫氏

「以前から所内で流しそうめんをやりたいという声はありました。ご存じのように設計事務所は季節も、昼夜もない激務。だったら、逆に季節を実感するイベントをやってみたらどうだろうと流しそうめんを提案。実現することになりました」(オンデザイン・西田司氏)。ちょうど2階に4室ある賃貸住戸のうち、1戸が空室になり、床の張替え後に募集を予定していたことから、流しそうめん時に室内を見せれば空室のプロモーションにもなる。

普通だったら、ここで竹を買いに行く。だが、建物を設計する彼らにとっては竹よりも雨といのほうが身近だった。さらにどうせ使うのであれば、ヨコハマアパートメントの白い壁の空間に映える高品質な製品が良いとも思った。そこで雨といの専門メーカー、タニタハウジングウェアに同社の製品を使わせてもらえないかという連絡を入れた。仕事上で取引があったわけではなく、飛込みである。

「錚々たる建築家が採用する雨といメーカーが流しそうめんに使いたいなどという企画に乗っていただけるかが心配でしたが、『いつも脇役になりがちな雨といを主役として使っていただけるなんて』と、快く協力いただけることになりました」。

連絡を受けたタニタハウジングウエアの谷田泰氏に聞くと「ウチに相談が来た時点で、かなり変わった人達だと思った」とか。現在、雨といの主流は塩ビ製。住宅であれば90%ほどは塩ビ製で、それならホームセンターで安く購入でき、施工も簡単。それをあえて銅製の雨といでやりたいという。面白いじゃないかと谷田氏が反応。そこで世界一難しい流しそうめんが実現することになった。

模型作りから始まり、20人余のワークショップで施工

施工前に作った模型。真剣に遊んでいる様子が伺える施工前に作った模型。真剣に遊んでいる様子が伺える

タニタハウジングウェアは雨といを「雨のみちをデザインする」と風雅に表現しているが、今回は「そうめんのみちをデザインする」。作業は雨といの規格寸法をベースに、模型を作ってルートを検討するところから始まった。

そこで決めたルートに従い、施工はワークショップ形式で学生などを募り、現場で行うことに。1日で20名ほどの、主に建築を学んでいる学生が集まったそうで、タニタハウジングウェアの社員に軒とい、たてといの付け方、コーナーの作り方などを教えてもらいながら、角度はピンポン玉を転がして調整。最終的に水が流れた瞬間には歓声が上がった。水を流した後は当然、そうめんも流され、おおいに盛り上がったそうで「建築家にしかできない流しそうめんが実現できたと思います」(設営を担当したオンデザイン・秋元俊介氏)。

使われた雨といは内側にステンレス鋼(Sus)、外側に銅(Cu)を原子間レベルで融合させたSusCu(サスク)という商品で、雨といの概念を覆すほど美しい。といっても、私を含め、多くの人にとって雨といは存在は知ってはいるけれども、まじまじと見る機会のない品である。部材にこだわって家を建てる人でも雨といを指定することはほぼないだろう。

加えて、建築家は雨といが嫌いだという。「きれいな外観に雨とい、特に建物の横のラインを台無しにする軒といは邪魔な存在。スケッチでは雨といを書かかない人もいるほどです」(谷田氏)。

知ると奥が深い、雨といの歴史と今

とはいえ、雨の多い日本では雨といは不可欠。谷田氏によると日本の住宅に雨といが登場したのは奈良時代。「当初は雨を集めて有効利用するために作られ、その後、瓦からの雨だれで軒下に立つ人が濡れないように使われるようになったようです。当初は瓦利用が進んだ寺社仏閣の入口に使われ、防火のために瓦屋根が推奨された江戸時代に普及したとされます」。

その昔は竹が使われただろうし、以降は銅などの金属が使われて来たものの、戦後数年経って塩ビ製が登場。それまで板金工が行っていた作業が誰でもできるようになり、材料の安価さと相まって住宅価格を引き下げることに寄与する。だが、一方で住宅の雨仕舞(開口部に施す浸水防止のこと)を施すことにノウハウのあった板金工が住宅に関わらなくなり、雨漏りはその他の技術が進んだ今でも一戸建てのトラブルとして非常に多く発生している。

そんな中、50年ほど前から銅製の雨といを作り始めたのが谷田氏の会社である。銅は加工しやすく、木材を傷める腐朽菌に対する殺菌効果がある。木の鳥居の根元に銅が巻かれていることがあるのはそのためだ。また、経年変化で緑青と呼ばれる緑色の皮膜が生じると耐久性が上がるという特性もあり、長らく雨といも含め、建物の各所で使われてきた。だが、酸性雨の影響からか、銅だけでは穴が開くことがあり、それを防ぐためにステンレスを融合させた商品を開発したそうだ。

現在、性能だけでなく、デザイン的にも美しい雨といは大量に作られる住宅で採用されることはないものの、建築家、地域の工務店が手がける住宅や文化財などで使われており、特に伝統的な日本家屋では欠かせない存在。「軒といは人間の顔で言えば眉毛みたいなもの。上手に描けば表情が変わります。雨といに注目して住宅を見ると丁寧に作られている家、雑な家があり、住宅の質が見えます」。

実際に流しそうめんが行われている状況。かなりダイナミックな流路になっている実際に流しそうめんが行われている状況。かなりダイナミックな流路になっている

まちに開かれた流しそうめん、偉大なり

さて、本題の流しそうめんだが、これは実に楽しかった。通常の一直線に流れるタイプでは下流に何も流れてこないことがあり、人が上流に集中する。だが、今回のようにあちこちを経由するタイプで、しかも速度が速いと下流にも十分な量が到達する。そのため、それぞれが好きな位置に陣取って人を気にせず、自分のペースで食べられるのだ。

面白いのはそうした人の散らばり方がこの建物の特徴と合致している点だ。ヨコハマアパートメントは中心から4方向に階段が伸び、緩やかに外と繋がる。「いろいろな場所に居場所がある、多中心ということであり、キャラクターや場所があらかじめ決められているより、各自がその時々で好きな場所で好きなことができる空間のほうが楽しいんじゃないかというのがこの建物なのです」。

もうひとつ気づいたことは、どうやら世の人は流しそうめんが好きらしいということ。バーベキュー時には入ってこない人が、流しそうめんとなるとどんどん入ってくるのだ。設営時から近所のお年寄りに話しかけられるわ、2階のスタート時点でそうめんを流していると向かいの家のバルコニーから2歳の女の子が手を振るわ、老若男女誰にとっても流しそうめんは開かれたイベントに見えるらしい。特に集まってきたのが子どもたち。友達が友達を呼ぶのか、気が付くと何人もの子供たちが並んでそうめんを啜っている風景があちこちで見られた。

考えてみると大人はしばしば「食べ物で遊んではいけません」と子どもを叱る。だが、流しそうめんはどうだ。食べ物を流し、それを食べるのである。アバンギャルドな食べ方ではないか。その無茶苦茶さが人を惹きつけるのだろうか。地域の人を呼びこもうと思ったら、バーベキューではなく、流しそうめんをやってみるのは手かもしれない。

ちなみに流しそうめん終了後の今、同アパートメントにはご近所の子ども達、お年寄りがふらっと遊びに来るようになり、子ども達からは「流しそうめんアパート」と呼ばれるようになっているとか。流しそうめん、偉大である。

オンデザイン
http://ondesign.co.jp/

タニタハウジングウエア
http://www.tanita-hw.co.jp/

子ども達にとってはとんでもなく楽しい経験だったらしい。取材時、ふと気づくと人数がどんどん増えていたのが印象的子ども達にとってはとんでもなく楽しい経験だったらしい。取材時、ふと気づくと人数がどんどん増えていたのが印象的

2016年 12月23日 11時00分