金澤町家は多様性に特徴

金沢市中心部、武蔵が辻から少し入った町家研究会の事務局がある彦三(ひこそ)町家の前で川上氏。昭和6年に建てられた近代和風住宅金沢市中心部、武蔵が辻から少し入った町家研究会の事務局がある彦三(ひこそ)町家の前で川上氏。昭和6年に建てられた近代和風住宅

日本にはいくつかの、古都と呼ばれる都市があり、町家と称される、昭和25年の建築基準法施行以前の伝統的な構法で建てられた建物が残されているが、そのうちでも多様性に富んだ建物が残されているのが金沢市である。古都の代表格、京都の町家は商人、職人の住宅がほとんどだが、金沢は城下町だったため、そうした住宅に加え、武家屋敷、足軽屋敷があり、近代の建物にも武士系、一般的な和風建築ありと、実に様々。そうしたバラエティ豊かな住宅が入り混じり、金沢独自の風景が生まれているのである。

だが、行政を含め、多くの人が町家を使って残そうと思い始めたのはここ10数年のこと。金沢市は1970年代から歴史的な建築や町並みの保存、修景などに積極的に取り組んできたが、それは文化財、景観行政の一環として。歴史的建築物を都市づくりの視点から積極的に保全、活用しようという動きになったのは2000年以降からというのは、金沢大学名誉教授で「NPO法人金澤町家研究会」においてまちづくりをリードしてきた川上光彦氏だ。

「NPO法人金澤町家研究会(以下、町家研究会)は2005年に行政から調査の依頼受け、市民活動として取り組むために立ち上げたもの。当時、先行していた京町家の活動に影響を受け、金沢市としても今後は活用を考えたい、そのためにはベースとなる調査活動をしてほしいと頼まれ、大学教員や建築設計士などを集めて市民活動を立上げ、2008年にNPO法人になりました。活動当初に行った調査活動では若い人ほど町家に関心があることや、歴史的建築には広さ、風通しなどのメリットはあるものの、地震等への安全性、高齢者への配慮、維持費や温熱環境に難があることなども分かり、以降の施策に生きるものとなりました」。

行政にできず、民間にしかできない役割がある

同年には金沢市の「金澤町家情報バンク」の活動が始まる。これは市が石川県宅地建物取引業協会と連携して開設したもので、空き町家の所有者などが不動産会社を通じて物件を登録。町家に住みたい、活用したい人と空き家を繋げるもので、情報提供に付随する受付業務や資料作成その他の業務は町家研究会が金沢市から受託し行っている。

ここでポイントになるのは民間である同研究会が入っていることで、個別の相談に応じられるようになるという点。行政だけが関わる空き家バンクでは情報提供まではできるものの、それぞれの物件の内容詳細や交渉などには関われない。改修を行う場合に誰に頼んだら良いかを紹介してもらうこともできない。だが、民間であれば、借りたい人、買いたい人が一番欲しがっている情報を提供、相談に乗ることができる。

そうした官民一体の効果だろう、同バンクは2016年6月末までに売買で117件、賃貸で56件、計173件の物件が掲載されており、うち、成約に至ったのは売買で106件(90.6%)、賃貸で53件(94.6%)。かなりの成約率で、良い物件はすぐに成約してしまう。物件が足りない状況なのだ。

「大阪、京都などの町家の中には元々借家として建てられたものも多く、貸すことに抵抗がない人が多い。ところが、金沢には借家はほとんどなく、持家中心。そのため、人に貸したくないという人が多く、ルールも分かっていない。かなり高い賃料、価格を言い出す人もいて、そのあたりの調整が難しいところです」。

町家研究会のある安江町界隈の建物。上左は町屋研究会の建物、上右は同室内。金沢の住宅室内には昔からこうしたはっきりした色が使われていることが少なくない。右下は老舗の仏具店で慶應年間に創業、昭和2年の大火後に建設された建物。左下は同じ通り沿いにある大正期に建てられた履物店を改修したギャラリー&カフェ町家研究会のある安江町界隈の建物。上左は町屋研究会の建物、上右は同室内。金沢の住宅室内には昔からこうしたはっきりした色が使われていることが少なくない。右下は老舗の仏具店で慶應年間に創業、昭和2年の大火後に建設された建物。左下は同じ通り沿いにある大正期に建てられた履物店を改修したギャラリー&カフェ

住宅で上限400万円という手厚い助成

浅野川周辺には町家を改装した飲食店などが多い。上は主計町茶屋街、下はひがし茶屋街の醤油味噌店浅野川周辺には町家を改装した飲食店などが多い。上は主計町茶屋街、下はひがし茶屋街の醤油味噌店

物件不足は2011年度からスタートした金澤町家流通コーディネート事業でも明らかだ。これは町家情報バンクと異なり、空き町家所有者とそれを利活用したい人を直接マッチングしようとするもので、町家研究会が金沢市より受託している。2011年7月のスタート以来、約5年間でオーナーの登録は54件、ユーザーの登録は185件というから、圧倒的に使いたい人が多数なのである。

そして、実際、金沢市内では町家の利活用が進んでいる。きっかけとなったのは上限600万円という、他都市と比べて各段に多額の助成を投入して2008年度、2009年度に行われた「町家再生活用モデル事業」。5棟の建物がレストラン、ギャラリー、伝統工芸の工房などに生まれ変わり、大きな反響を呼んだ。使い方が目に見える形で提示されたのだから、町家を使ってみたいと思う人が増えたのは当然だろう。

この反響を踏まえ、市では2010年度から「金澤町家再生活用事業」を開始しており、補助率は50%以内で、住宅で上限400万円、店舗等で500万円。京都市の京町家耐震補強が一棟上限450万円、京町家をゲストハウスに転用する場合で90万円という助成から考えると、力の入れようの違いに驚かされる。

もちろん、町家再生に当たっては、竹小舞(土壁の下地に使われる細い竹を格子状に編んだもの)を編んで土壁にするなど伝統的工法での修復が義務付けられており、改装費用は余分にかかる。本格的にやろうとすると1,000万円、2,000万円はあっという間だそうだが、そのうちの幾分かは助成されると思えば、やる気になる人がいるわけだ。

町家紹介イベント、町家マップで認知度アップ

町家研究会では利活用されている町家を紹介する活動も続けている。2008年秋からスタートした「金澤町家巡遊」は市内各所にある町家で建物見学やワークショップ、コンサートなどが行われるイベントで、毎年楽しみにしている人も多い。

それに合わせて2010年からは街中の80軒ほどの町家ショップを紹介する「金澤町家ショップマップ」が作られており、これを片手に町を歩けば、様々な建物に巡り合える仕組み。浅野川周辺や繁華街武蔵ケ辻周辺のむさしエリアには飲食店、カフェなどになっている建物も多く、これを見て訪ねれば飲食だけでなく、建物も楽しめる。二度目、三度目の金沢で、一般的なガイドブックでは飽き足りないという人には特にお勧めだ。掲載されている町家ショップなどに置かれているほか、町家研究会のホームページからダウンロードすることもできる。

町家研究会ではこれ以外にも優良な町家を認証する活動を行っており、他に町家改修の実務を行う有限責任事業組合の設立、空き家をドミトリー(学生寮)として活用することを目的とする機構がつくられるなど様々な活動も見られる。それらにより金澤町家の認知度は確実に上がってきている。特に北陸新幹線開業以降は町家を利用した宿泊施設や飲食店経営を考える、東京、海外からの資本からの問い合わせなども増えているという。

左上の中央は大正時代に建てられた鉄工所を改修したビストロ、パン店。左右に隣接する書店、居酒屋も町家を改修して作られている。右上はコミュニティカフェとして改装された町家、右下はかつて最も栄えた尾張町にある大型町家を改装したレストラン。東京からの資本だ。左下は築115年の町家を改装したゲストハウス左上の中央は大正時代に建てられた鉄工所を改修したビストロ、パン店。左右に隣接する書店、居酒屋も町家を改修して作られている。右上はコミュニティカフェとして改装された町家、右下はかつて最も栄えた尾張町にある大型町家を改装したレストラン。東京からの資本だ。左下は築115年の町家を改装したゲストハウス

年間100棟。取り壊される空き家を救う手立ては?

とはいえ、問題はまだまだ山積している。活用されるようになったとはいえ、それでも毎年100棟ほどの町家が取り壊されているのだ。

「2012年に行った旧城下町域における建物外観による悉皆調査で、域内には6,000棟弱の町家が現存していることが分かりました。そこから毎年少なからぬ数の町家が相続などで取り壊されています。問題なのは不動産会社。相談に行くと古い家は面倒とばかりに取壊しを勧められるケースが多いのです」。

コーディネート事業に登録している不動産会社もあるにはあるものの、その数わずかに19社。金沢市にはそれ以外にも700社ほどの不動産会社がある。金沢市でも町家への理解を深めようと不動産会社向けのセミナーを開催するなど努力はしているが、参加は少なく、取壊し派が大多数を占めるという状況は変わっていない。町家を利活用することは町の活性化にも繋がるはずだが、そのあたりに意識が向いている不動産会社は残念ながら、まだまだ少数なのである。

京都市では京町家の所有者に取壊しの事前届け出を義務化、1年間は取り壊せないようにする制度が検討されているが、そうした制度も必要ではないかと川上氏。「取り壊しは直前になるまで分からず、分かってからでは遅い。事前に情報が得られれば救える町家もあるはずです」。

町屋の利活用で難しいのは、住宅として使うには大きすぎるという点も。「住宅以外の用途で使おうとする場合、確認申請による用途変更の手続きが必要になったり、利活用部分の床面積が100m2や200m2を超えると防火上の要件など法規上の制約が大きくなったり、改修費がかさむ結果に。大型の町家が1軒無くなると、それだけで地域の風景が変わってしまいますから、なんとかして残したい。今後は首都圏、海外などからの投資が増え、少しでも保存されることに期待しています」。

NPO法人金澤町家研究会
http://kanazawa-machiya.net/kenkyu_index/

市内、海沿いのまち大野は醤油の産地で、この地にも醤油蔵を中心に歴史ある建物が並ぶ。市中心部からはバスで30分ほど市内、海沿いのまち大野は醤油の産地で、この地にも醤油蔵を中心に歴史ある建物が並ぶ。市中心部からはバスで30分ほど

2017年 05月19日 11時05分