武蔵境一戸建て利用シェアハウスが吉祥寺に移転

新しいアンモナイツの室内。入居者からの希望で取り付けられたというハンモックが気持ちよさそう新しいアンモナイツの室内。入居者からの希望で取り付けられたというハンモックが気持ちよさそう

中央線武蔵境駅近くに古い戸建て2棟をリノベ―ションしたシェアハウスがあった。暮らすのは、共同生活を送るためにバンドのように結成されたというグループ。メンバーの中に大家も含まれており、名付けて「アンモナイツ」。庭に面して手作りの縁側とテーブルがあり、ご近所の人達も集まる、まちに開かれたシェアハウスとして知られていた。

そんなアンモナイツが吉祥寺のマンションにメンバーごと引っ越しをしたという。賃貸物件で大家が入居者を連れて引越すのは前代未聞。多くの場合、入居者は最寄り駅や駅からの距離を指標に入居するため、たいていの人はそれが変わるのを嫌がる。さらに、家族でもない大所帯での引っ越しでは物件探しも大変だったに違いない。なのに、どうして?

大家であり、各地のリノベーションスクールでファシリテーターとしてユニットマスターを務める、建築家の瀬川翠氏は4つの理由を挙げる。「ひとつは建物自体の老朽化。雨漏りに始まり、床が傾いたり、浴室の床が抜けかけていたりなど、長らく放置されていた木造住宅だったため、大規模な修繕をしなければならない時期になっていました」

二つ目は、経験する必要性を感じて。「私の仕事は設計だけではなく、予算の使い方や事業計画の相談に始まり、空間そのものはもちろん、使い方や出来事なども総合的にデザイン、完成後も長く関わるものです。最近ではシェアハウスの物件探しの相談がとても多い。それなのに物件探しや売買経験がないのは説得力に欠ける。一度自分で経験してみなければと感じていました。引越し先にマンションを選んだのも、ずっと一戸建て暮らしだったからという理由。実際に一連の流れを経験してみると、その過程はフラストレーションや不安だらけ。そこに新しいサービスの可能性があると感じました」。

その場所の価値を伝えて新しい事業者に引き継ぎ

また、武蔵野市でまちを盛り上げているプレイヤーの多くは吉祥寺周辺に固まっており、そこにアンモナイツも参加したいという思いもあったという。最後はタイミングの問題。

「武蔵境駅のリニューアル完了のタイミングで一時的に地価高騰が起きることを読んで2016年2月以降、相場より強気な価格で売りに出しました。手放すなんでもったいない、武蔵境に愛着がなくなったのかなどと聞かれますが、地価は敷地そのものではなく、まちのバックグラウンドの価値。価値のある時に価値の分かる人に循環させていくことが重要と考えています。結論から言うと、5年間満室だったというポテンシャルと、まちに開かれた場として運営されてきたことに価値を感じてくれた学生向け賃貸の新しい事業者さんが、価格に納得して購入。私も5年間で得られた情報や人との繋がりなども含め、ノウハウを丁寧にお伝えしました」

売りに出すと同時に移転先の物件を探し始め、現在の物件に辿り着いたのは9月初旬。6月末には購入希望者が現れており、綱渡りの物件探しだった。

ところでシェアハウスの物件探しの難関はマンションの管理会社。管理組合以前に管理会社が難色を示すことが多いのだ。そこで瀬川氏は自主管理の物件に絞って物件を探した。これは管理会社を入れず、住民自らが管理を行っている物件のことで、規模が小さい、古い物件にはしばしば見られる。といっても、何も管理されていない物件もあり、それで築古ともなると状態には期待できない。自主管理で程度の良い物件を探すのは非常に難しいのである。

左上から時計周りにキッチン、キッチンから入口方面、リビング、リビングに置かれた共用の家具。いずれも良い雰囲気左上から時計周りにキッチン、キッチンから入口方面、リビング、リビングに置かれた共用の家具。いずれも良い雰囲気

探してみて分かった吉祥寺の住宅市場

個室はそれぞれに住む人の好みに合わせて作られている個室はそれぞれに住む人の好みに合わせて作られている

ちなみに吉祥寺の中古物件購入で難しいのは借地権物件が多いこと。北口の、商店街が集中するエリアでは寺が、井の頭公園側では教会が地主になっている借地が多く、借地権物件は融資を受けにくい。ローンが使えないのだ。吉祥寺以外でも古いまちでは寺社などが地主となっている借地権の物件が多いことがあるので、まち限定で探す時には注意が必要だ。幸い、瀬川氏は15物件ほど見学、築23年、きちんと管理されている自主管理の、総戸数8世帯という小規模な物件に巡り合い、購入を決定した。

選んだのは60m2の2LDK。ポイントは角部屋で窓が多かったこと。「もっと広い物件も見たのですが、シェアハウスは部屋数が多いので、各室に窓を作るため、広さ以上に窓の多さが大事。部屋が4階で隣が三面とも3階建て以下で日当たり、風通しが良いのも決め手になりました」。

場所はバス通り沿い。多少、音は聞こえるが、シェアハウスは人が集まる場所のため、あまり静けさにこだわる必要がないのだとか。立地ではもうひとつ、繁華街から離れた、消費がメインではない場所という観点もあった。

「最近の吉祥寺は休日などまっすぐ歩けないほど。すごく楽しいものの観光化が進み、飲食店の中には早く店を閉めるところも。観光客は早く帰るからです。でも、商店街を抜け、駅から10分ほどになると地元の人を対象にした古くからの店や若い人の個店が中心になり、夜も遅い。人の顔が見えていて心地よく、これも吉祥寺なんだなと感じています」。

吉祥寺にはサンロードというメイン商店街があり、その終わりまでが繁華街。それ以遠は生活のための街で、佇まいも変わる。繁華なまちで、でも地に足のついた生活を志向するなら、繁華街の先、地元の人のための店が残るエリアを探すのが手というわけだ。

DIYで費用を大幅節約しつつ、愛着を深める

物件が決まってからは大急ぎでリノベーションである。まずは解体、室内をスケルトンにして個室を4室作り、トイレの入り口を変更、キッチン周辺にタイルを貼るなどの改装を施し、約1ヶ月で入居に漕ぎつけた。軽量鉄骨で壁を建てる作業と電気工事のみはプロに依頼したが、それ以外はDIYで行い、解体費+リノベーションでかかった費用は150万円ほど。意外にと思えるほどの額である。そして、減額以上に良かったことは、DIYを通して入居者、大家ともに共用部への愛着が深まったこと。

羨ましかったのはキッチンのタイル。むらのある、他では見ないような品で、聞くとタイルデザインを手掛ける女性にオーダーメイドで作ってもらったとか。既製品と大きく変わらない価格で、好きな色の釉薬や、オリジナルロゴ入りのタイルが手に入るとは。しかも、既存のタイルの上に貼れる接着剤があり、それを使えば既存タイルを剥がす作業が不要になる。床でも同様に上から貼れる製品が出ており、今どきのリノベは材料の進化で楽になっているらしい。個室については入居者各自にどんな部屋にしたいかを聞き、最低限の資材はオーナーが購入、作業は各自でやってもらったそうだ。

また、各室のドアは以前の家から持ってきたもの。「引っ越し後、入居者にはホームシックな雰囲気があったのですが、古い建具が入った途端に、みんな、明るい表情になりました」。馴染んだ品がひとつあるだけで空間への愛着度は大きく変わるらしい。

壁を建てる作業や電気工事などはプロに頼んだものの、それ以外でできることは自分たちで壁を建てる作業や電気工事などはプロに頼んだものの、それ以外でできることは自分たちで

近所づきあいはこちらからアプローチしないと始まらない

多くの人が集まった引っ越し後のパーティー。なんとも楽しそうだ多くの人が集まった引っ越し後のパーティー。なんとも楽しそうだ

ところで、ひとつ、疑問があった。かつては一戸建てで今回は集合住宅の4階。路面から離れた場所でまちに開いたシェアハウスとして存続させられるのだろうか。

「ずっと昔ながらのご近所付き合いに憧れ、以前のシェアハウスでは道路に面して縁側を作りました。そうしたら、自然に近所の人が話しかけてくれて……なんて妄想をしていました。でも実際は、そううまくはいかない。物理的に開くだけではダメなんだと気がつきました。こちらから積極的にアプローチしないと何も始まらない。そこで縁側で入居者の子が店を始めました。そうしたら、モノをもらったり、自分も売りたいという人が来たりで交流が始まりました。そんな風に、こちらから働きかけることが大事だとしたら、4階でも全く問題ないな、と。自分たちが外に出て行けばいいんだと思っています」。

具体的にはアンモナイツ屋台を作ろう、それを駅前に引っ張っていき……などと考えているそうで、すでに吉祥寺名所のハモニカ横丁辺りでできないかと相談を始めているとか。

「シェアハウスは外からは賑やかでソーシャルな存在に思われがちですが、しっかり地域との繋がりを作っていないと、お隣さんとも喋らないような、閉鎖的な内輪のコミュニティになりがち。でも、それでは時として地域にとって迷惑な存在になることも。なので、1~2ヶ月に一度くらいは、外部の人を呼んで一緒にイベントをやったり、まちでの活動にも積極的に参加しています。私はいつも、シェアハウスはバンドのように楽しめるのが理想と考えています。メンバー同士が仲良く個性を出し合えるのはもちろん、それを一緒に楽しめる仲間やファンがたくさんいて、輝ける場所がまちにたくさんあることで、シェアハウスは初めて本領を発揮するのです」。

建築家である瀬川氏にとっての建築は単にハコを作るだけではなく、そこで人と関わり合う暮らしをつくるものということなのだろう。そして、それがシェアハウスであり、まちと関わるイベントなのだろう。いくつか、ここで開かれるイベントの話を聞いたが、いずれも楽しそうだった。

2017年 01月16日 11時05分