江戸の物流拠点として発展した蔵のまち、『千住』

品川宿・内藤新宿・板橋宿・千住宿──江戸四宿のひとつであった千住宿は、日光街道・奥州街道へと続く日本橋からひとつめの宿場町であり、荒川・隅田川・綾瀬川(中川)にほど近く水運にも恵まれた立地であったことから、江戸の物流拠点として発展した歴史を持つ。

当時は千住に河岸や青物市場があり、街道沿いに並ぶ問屋の倉庫として多くの蔵が建てられ、大正12(1923)年の関東大震災では街の半分が焼け野原となったが、蔵だけは焼け残った。また、第二次世界大戦中には空襲を受けたものの、千住の一部は戦火を免れたため、江戸から昭和初期の建物が今も各所に当時の姿のままで佇んでいる。

そんな千住のまちの歴史を物語る建物たちを後世へと残すために、地元の若い世代を中心にして『千住いえまち』プロジェクトが発足した。その3年間の活動について、代表の山崎たいくさんにお話を聞いた。

▲近年『住みたい街ランキング』でも人気急上昇中の『北千住』。<br />足立区の大学誘致政策によって街に学生たちが増え、<br />駅周辺の商店街には美味しいと評判のビストロやお洒落なカフェが続々とオープンしている。<br />新しい建物に混じって、若者たちが「レトロ」だと感じる古い建物が随所に残されている点も<br />『北千住』の人気を高めている理由のひとつだ▲近年『住みたい街ランキング』でも人気急上昇中の『北千住』。
足立区の大学誘致政策によって街に学生たちが増え、
駅周辺の商店街には美味しいと評判のビストロやお洒落なカフェが続々とオープンしている。
新しい建物に混じって、若者たちが「レトロ」だと感じる古い建物が随所に残されている点も
『北千住』の人気を高めている理由のひとつだ

地元足立区の古い建物のことを知りたいと思ったことが活動のきっかけに

▲『千住いえまち』代表の山崎たいくさんは一級建建築士(あまね設計共同代表)。テレビの住宅リフォーム番組に匠として登場したリノベーションの専門家でもある。大学の研究室が南会津の村おこしの研究を行っていたことから、次第にまちづくりへの関心を持つようになり、『千住いえまち』の発足に携わることになった▲『千住いえまち』代表の山崎たいくさんは一級建建築士(あまね設計共同代表)。テレビの住宅リフォーム番組に匠として登場したリノベーションの専門家でもある。大学の研究室が南会津の村おこしの研究を行っていたことから、次第にまちづくりへの関心を持つようになり、『千住いえまち』の発足に携わることになった

「2012年夏頃、もともと千住の蔵の調査を行っていた『千住まち元気探検隊』の若手メンバーの声掛けが、『千住いえまち』の活動がスタートする最初のきっかけになりました。僕は建築士でもあるので、千住に残っている古い建造物に興味があり、建物を調査できると聞いてそこへ参加しました」。

『千住いえまち』の代表を務める山崎たいくさんは現在38歳。実はご本人は北千住の出身ではなく川の対岸に位置する梅田で生まれ育った。

「子どもの頃の千住の記憶と言えば、少年野球の試合で千住のグラウンドに行ったことぐらい(笑)。千住の歴史のことも、足立区の古い建物のことも知りませんでした。でも、社会人になって高知の設計事務所で働いていたときに北千住が蔵のまちであることを知り、“意外と古い建物が残っているんだな、建物はどんな状態になっているんだろう?”と関心が高まった頃に地元へ戻り、設計事務所を立ち上げることになりました。そこにタイミング良く、千住の古い建物を残す活動がスタートすることを知りました」(山崎さん談)。

『残したい建物リスト』50軒余りのうち3分の1は取り壊されてしまった現状

『千住いえまち』の前身となったのは、地元の人たちが中心となって活動を行っていた『千住まち元気探検隊』だった。

「千住にある古い建物や歴史ある建物はちょうど所有者の世代交代を迎える時期で、“これからどんどん取り壊されていくかもしれない”という危機感から、“まちの財産となる建物を保存したい”という同じ志を持つメンバーが集まるようになりました。

建物が取り壊されてしまう一番の理由は、相続の問題です。店舗の場合は後継者がいない、一戸建て住宅の場合は相続税が払えない…最近千住エリアの人気が高まり、地価や賃料がどんどん高騰していることも、古い建物が残せない原因になっています」(山崎さん談)。

具体的なアクションができないか?と考え、足立区のまちづくり活動を応援する助成金制度『あだちまちづくりトラスト』に申請を行い助成金を受けることになった。こうして『千住まち元気探検隊』からバトンを引き継ぐかたちで、2013年3月、『千住いえまち』が正式に発足した。

「発足して最初に行ったことは、メンバーみんなで千住のまちの中を歩きまわることでした。路地という路地を歩きながら、自分たちが“この建物を残したい!”と思った建造物をピックアップして、昭和初期以前の建物50軒以上をマップにプロットしました。次に、そのリストにある一軒一軒の門を叩いて『この建物についてのお話を聞かせてもらえませんか?』と訪ね歩いたんです。もちろん門前払いをくらうこともありましたが、逆に家主の方がうれしそうに建物にまつわる思い出話を聞かせてくれることもありました」(山崎さん談)。

ちなみに、2013年の『千住いえまち』発足当初50軒以上あった『残したい建物』は、2016年現在、すでに3分の1近くが無くなってしまったというのだから、猛烈なスピードで古い建物の取り壊しが進んでいることがわかる。

▲『千住いえまち』の活動を行っている主力メンバーは15名。サポートスタッフを入れると20名以上で、<br />建物調査班・スタディ班・メディア班・イベント班・まち歩き班・リノベーション班の6つのグループに分かれて活動を行っている。<br />各自本業を持ちながらの活動となるため様々な時間的制約があるそうだが、<br />「千住が好きでたまらないというメンバーが集まっているので、その勢いでなんとか活動が続いています(笑)」と山崎さん。<br />左上は『千住いえまち』の3年間の活動をまとめた『千住いえまち冊子』。地元書店で500円で販売中。 <br />右上は『千住いえまち』の活動拠点となっている築40年超のアパート・玉井荘の『いえまちのへや』。<br />何とも懐かしい昭和の風情が漂う ▲『千住いえまち』の活動を行っている主力メンバーは15名。サポートスタッフを入れると20名以上で、
建物調査班・スタディ班・メディア班・イベント班・まち歩き班・リノベーション班の6つのグループに分かれて活動を行っている。
各自本業を持ちながらの活動となるため様々な時間的制約があるそうだが、
「千住が好きでたまらないというメンバーが集まっているので、その勢いでなんとか活動が続いています(笑)」と山崎さん。
左上は『千住いえまち』の3年間の活動をまとめた『千住いえまち冊子』。地元書店で500円で販売中。 
右上は『千住いえまち』の活動拠点となっている築40年超のアパート・玉井荘の『いえまちのへや』。
何とも懐かしい昭和の風情が漂う 

まちづくりを進める上で一番大切なことは、コミュニティに溶け込むこと

▲『千住いえまち』では、古い建物を自分たちで改修するなど『セルフリノベーション』の手法を地域の子どもたちに伝えている。写真は玉井荘の室内。子どもたちがウォールペイント体験を行ったところカラフルな仕上がりになったため、そのまま残してあるそうだ。「“古い建物もこういう使い方があるんだよ”ということを子どもたちに見せることも、まちづくりに欠かせない教育だと思います」と山崎さん▲『千住いえまち』では、古い建物を自分たちで改修するなど『セルフリノベーション』の手法を地域の子どもたちに伝えている。写真は玉井荘の室内。子どもたちがウォールペイント体験を行ったところカラフルな仕上がりになったため、そのまま残してあるそうだ。「“古い建物もこういう使い方があるんだよ”ということを子どもたちに見せることも、まちづくりに欠かせない教育だと思います」と山崎さん

「実は、千住では過去にもいろいろなまちづくりの団体が立ち上がっては、活動が続かなくなっていく…ということがありました。どうして彼らは失敗してきたのか?を調べてみると、結局、“自分たちのやりたいことばかりを主張して、コミュニティにうまく溶け込んでいなかった”のが共通の原因として見えてきました。

昔から千住で暮らしている人たちは、“自分たちでまちを守ってきた”という想いが強く、保守的な人もいます。でも、ちゃんと誠意を持ってまちに貢献すれば、仲間としてちゃんと受け入れてくれます。

幸い『千住いえまち』ではメンバーの中に地元出身者がいるので、そのメンバーに橋渡しをしてもらい、地域の人たちとの交流を行ったり祭りやお神輿に積極的に参加したりして、少しずつ千住の方々との信頼関係を築いていきました。

最近では建物のオーナーさんから“うちの床が傷んできたから修理してほしい”とか“壁に落書きされたんだけど直せる?”など、建物についての相談を受ける機会も増えてきています。地道なコミュニティ活動の結果、ここ最近距離が縮まったと実感できるようになりましたね」(山崎さん談)。

2016年5月には、地元の銭湯やお寺、神社の境内など町内の古い建物を会場にしてヨガを行う『千住まちヨガ祭』を開催。千住内外から多くの参加者を集め、イベントの成功が地元の人たちに受け入れられたことも、活動を続けていく自信につながった。

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今後『千住いえまち』では、相続税対策として有効な『有形登録文化財』の申請サポートや、空き家・遊休物件の活用サポートなどの支援体制を整え、『建物のオーナー』と『建物保護を応援してくれる人』、『千住で古くから暮らす人』と『千住に新しく興味を持った人』とをつないでいくことで、新たなまちづくりを進めたいと考えているという。

「まずは“古い建物でもこういう使い方があったんだ”と様々な人たちに気付いてもらい、建物が上手に活用され、その結果“建物所有者さん方の世代交代”をうまく進めることができたら、それが理想形だと考えています」(山崎さん談)。

まちづくりは人づくり、建物を残しても人が残らなければ意味が無い

▲『千住いえまち』が作成した『戦前の建物まち歩き』イラストマップ。このマップを作るにあたり、店の前を通るたびに買い物をするなど、地元店主とも関係を深めてきた。また「千住で新しく店を開きたい」というエリア外からの相談も多く寄せられるようになったため、空き家と開店希望のオーナーとをマッチングする不動産情報もホームページで積極的に発信している▲『千住いえまち』が作成した『戦前の建物まち歩き』イラストマップ。このマップを作るにあたり、店の前を通るたびに買い物をするなど、地元店主とも関係を深めてきた。また「千住で新しく店を開きたい」というエリア外からの相談も多く寄せられるようになったため、空き家と開店希望のオーナーとをマッチングする不動産情報もホームページで積極的に発信している

「まちづくりを行う際には、まちを作るというより、コミュニティを作っていくことを第一に考えなければいけません。小民家→お洒落→再生しよう!だけではだめ。じっくりとまちのひとたちの中に溶け込むことが、まちづくりに欠かせないものだと思います。建物を残しても、そこに人がいなければ意味が無いですから」と山崎さん。

今後『千住いえまち』では、恒例イベントの『千住まち歩き』『千住まちYOGA』『千住まち寄席』のほか、2016年9月24日には安養院の本堂(足立区千住5-17-9)で初のライブイベントとなる『千住まちLIVE』の開催を予定している。

古い建物を残しつつ、新しく変わろうとしているまち…『千住』の今後のまちづくりに注目したい。


■取材協力/千住いえまち
http://1010iemachi.jp/

2016年 09月06日 11時03分