江戸時代の大動脈東海道、最初の宿場町が品川宿

上が旧東海道沿いに建つ「ゲストハウス品川宿」。石畳を敷くなど景観に配慮した街作りが行われている。下は「Bamba Hotel」上が旧東海道沿いに建つ「ゲストハウス品川宿」。石畳を敷くなど景観に配慮した街作りが行われている。下は「Bamba Hotel」

一大ターミナル品川駅の前を走る第一京浜、旧東海道を南へ下り、1954年の第1作でゴジラが日本に上陸した八ツ山橋を左折、京浜急行線の踏切を越えた辺りから始まるのが旧東海道品川宿。江戸時代に江戸と関西を結ぶ大動脈だった東海道の最初の宿場町である。

現在、その面影が残されているのは京浜急行線の駅でいえば北品川、新馬場、青物横丁、立会川あたり。かつての街道は石畳が敷かれた商店街となっており、ところどころには歴史を感じさせる寺社、古い日本家屋や洋館も。魚屋さん、豆腐屋さん、八百屋さんなど各種生鮮食料品店を商う個人商店が多く残されてもいる。

その品川宿に当時はまだ珍しかった「ゲストハウス品川宿」が誕生したのは2009年。ゲストハウス自体の認知度が低かったこともあり、オープン後しばらくは多様な宿泊形態に慣れた外国人をターゲットとし、それでも苦戦したというが、ここ1~2年は日本での認知度も上がり、人気の宿に。最近では半数以上が日本人宿泊者という日もあるそうだ。

その「ゲストハウス品川宿」の経営者である渡邊崇志氏が続いて2014年に、やはり品川宿内の新馬場に、昭和20年代の長屋をリノベーションして開いたのが「Bamba Hotel」。日本では珍しい、一棟貸しきりも可能なタイプの小さなホテルである。さらに2016年5月には品川宿から少し離れた高輪に元米屋という古い家屋を利用した一軒家ホテル「Araiya」(あらい家)がオープンした。地元密着型の小さな宿泊施設を作り続けている渡邊氏に、その意味と、宿と街との関係を聞いてきた。

築年数不明、元米屋さんが一軒家ホテルとして生まれ変わった

Araiyaがあるのは品川駅の一駅隣、都営浅草線・京急線泉岳寺駅の近く。第一京浜を挟んだ反対側は2020年完成を目指す山手線新駅予定地で、周辺には今後の開発を睨んでか、空地も目立つようになっている。だが、Araiyaはそうした喧噪とは無縁に昔ながらのおっとりした風情でたたずむ。

建物は木造2階建て。最後に住んでいた女性が99歳で亡くなった後、渡邊氏の運営する宿の大家さんでもあった、その人の姪から渡邊氏が依頼され、今回、一軒家ホテルとして再生された。築年数は不明だという。「改修時に看板が出てきたので、どうやら100年以上前に米屋だったことは分かりましたが、その後は住宅として使れており、2階を学生に貸していた時期もあったようです。さらに何度も修繕を重ねているようで、最後の大修繕は昭和中期。登記もないものの、大事に使われてきたことだけは確かです」。

受け継いだ人も建物と、かつて暮らしていた叔母の記憶を惜しみ、当初は自分で改装し店舗にしようとしていたそうだが、古家の改装は素人には難作業。頓挫している間には多くの不動産会社の訪問を受けたそうだ。「売ってくれ、駐車場にしたいなどのオファーがあったそうですが、いずれも持ち主の思い入れを無視した提案ばかり。所有者は叔母が大事にしてきたことを考え、売らずに人に喜んでもらうために運用したいと考えていたそうで、私の使いながら残していくという提案に賛同。それまでの実績を評価していただいていたこともあり、貸していただけることになりました」。

この展開に、同地に関心のあった不動産会社は驚き、オープン時に多数訪れては、大家は誰か、いくらで借りているのか、などと不躾に質問をしてきたそうだ。利益で考えれば既存建物のままでも、宿でもないはずなのに。そう思ったのだろう。だが、大家さんは利益よりも建物を大事に残すことを選択したのである。

奥に見えているのが駅も立地する第一京浜沿いのビル。駅からの近さが分かる奥に見えているのが駅も立地する第一京浜沿いのビル。駅からの近さが分かる

観光名所巡りより楽しい、街での交流

子どもの頃の夢はホテルの経営だったという渡邊氏が実際にホテルでの修行も経ながら、最終的にゲストハウスや一軒家ホテルのような小規模で地域密着の宿を経営するに至ったのには東南アジアでの旅の経験がある。

「東南アジアの旅では泊まった宿のオーナーにレストランを紹介してもらったり、宿で知り合った人と一緒にご飯を食べに行ったりという人との交流が観光名所めぐりよりも面白く、もっと滞在してみようかなという気持ちに繋がったもの。ところが、ホテルは大きくなればなるほど建物内で旅が完結してしまい、外に出なくなる。それよりも街をひとつのホテルと見立て、外に出て行って街を楽しんでもらうほうが、他の場所ではできない体験ができて旅する人には面白いのではないかと思ったのです」。

そこで最初のゲストハウス品川宿では元々ビジネス旅館だった物件から家具やテレビ、電話、自販機などを撤去、泊まるだけのスペースとして提供することにした。その分、街に出て行きやすいようにスタッフ手作りのマップを用意、その地に住んでいるスタッフが飲食店、食品店その他、街をガイドするようにした。

その結果、街にもメリットが生まれた。普通の観光では一度訪れた人が二度、三度同じ場所を訪れることは少ない。一度見てしまえばおしまいだ。だが、そこで誰かと出会い、楽しい時間を過ごしたという記憶は二度目、三度目に繋がる。人に会いに戻ってくるのである。

そして、それは街の人の自信に繋がる。「あの時、楽しかったからまた来たよ」。その言葉に自分たちの街が評価されていることを感じるからである。このやり方なら観光されることで街はどんどん良くなっていく。宿泊はするけれど、泊まった人が街で食事することも、散歩することもないビジネスホテル100床より、地元情報に詳しいスタッフのいる、宿泊者が街に出て行きたくなるゲストハウス1棟のほうが街にインパクトを与えるのである。

日本の大ホテルでの経験もあり、ゲストハウスを開きたい人の支援などの活動も行っている渡邊氏日本の大ホテルでの経験もあり、ゲストハウスを開きたい人の支援などの活動も行っている渡邊氏

大家さんの思いを大事に、空き家を生かす

2階の寝室。階段を上がったところに一人用のソファが置かれたコーナーが作られている2階の寝室。階段を上がったところに一人用のソファが置かれたコーナーが作られている

品川宿エリアではこのところ、東京五輪、山手線新駅、品川駅へのリニア乗入れなどを意識してか、ビジネスホテルが増えている。合理的に経営しようと思ったらビジネスホテルだろう。だが、個人が小資本で始めようとしたら、街の、顔見知りの大家さんの思いを大事にしようと思ったら、それではないと、地元出身で地域の街づくりにも関わる渡邊氏。
「古い街ではご近所に迷惑になることを考え、空き家になっていても変な人には売りたくないという人がいますし、大事に残したい人もいます。その気持ちを尊重するには、既存の建物を生かし、小規模にやっていくことが大事。それに合理化していくとホテルも、家もつまらなくなりますからね」。

2軒目、3軒目をゲストハウスではなく、一軒貸し切りも可能なホテルにしたのは、単身やカップルでゲストハウスを利用した人が、その後、家族で日本を訪れても泊まるところがないという事情から。品川エリアのみならず、日本ではあちこちでホテル建設が進んでいるが、多くは2名をメインにプラスマイナス1名を想定している。家族で利用するためには複数の部屋を取る必要があり、不便で高くつく。

それに比してAraiyaの定員は5名。たまにはそれをオーバーする要望もあるそうで、利用者は海外在住の日本人家族の里帰りや家族での旅行者を中心に、日本のあちこちに住む三家族が旅行前に待ち合わせて一泊、泊まり込んでの女子会、夜を徹しての企画会議など、用途も様々だ。京都や金沢などと違い、東京には和を感じる宿が少ないこともあって、すでに大人気のようだ。

モダンな雰囲気もある和の空間には五右衛門風呂も

左上から時計回りに1階リビング、五右衛門風呂、キッチン、2階リビング。和だけでなく、ところどころにモダンなテイストも左上から時計回りに1階リビング、五右衛門風呂、キッチン、2階リビング。和だけでなく、ところどころにモダンなテイストも

では、実際のAraiyaを見ていこう。引き戸を開けて驚くのは広い土間。駐車場として使うことも考えたそうだが、現在はゆとりを感じてもらうため、あえて土間として残してある。正面には2階へ続く箱階段があり、壁面にはアラビア風の壁紙。全体として和風ではあるが、どことなくモダンな雰囲気もある空間だ。

1階は土間の左手にソファ、テレビのあるリビングがあり、廊下を挟んではキッチン、トイレに五右衛門風呂のある浴室。日本旅館でもあまり見ることのない五右衛門風呂はインパクト大で、これだけで楽しい気分になる。

2階は階段を上がったところに椅子が置かれたコーナーがあり、その奥が寝室。窓辺にそれぞれ1組、その間に3組の布団が敷けるようになっており、一人ずつのスペースの間はすだれなどで仕切れるようになっている。奥にはもうひとつ、ソファのあるコーナーが作られており、こちらには洗面所も。自分の好きな場所で座って寛げるようにと、あちこちに椅子が置かれているのだという。

周辺はさほど店などが多い地域ではないが、歩いて1分の泉岳寺駅から京急線に乗れば2駅で北品川駅。そこから品川宿の商店街を歩けば、寺社も、史跡も、飲食店もあり、夜間には街路灯がタイムスリップしたような宿場町の風景を見せてくれる。宿のコンシェルジュに相談すれば、ニーズに合わせた面白い店を紹介してもらえる。

ここでは書ききれないが、品川宿は1988年以来営々と街づくりが続けられており、どんどん魅力的になっている場所でもある。宿に閉じこもらず出て行けば、他の観光地とは一味違う、街という楽しみが待っているはずだ。

Araiya(あらい屋)
http://47gawa.tokyo/araiya/

Bamba Hotel
http://47gawa.tokyo/bamba/

ゲストハウス品川宿
http://bp-shinagawashuku.com/jp/

2016年 08月28日 11時00分