築40年のビルをリノベーションし、街のにぎわいづくりの拠点が誕生!

2015年10月4日、名古屋市港区の築地口商店街に5階建ての空きビルを改装した「Minatomachi POTLUCK BUILDING(港まちポットラックビル)」が誕生した。
市民と行政が協働で地域活性化事業に取り組む「港まちづくり協議会」が運営し、現代美術の展示スペースや地域の交流空間を設けた施設となっている。

「ポットラック」とは、料理を持ち寄るという意味を持つ言葉。その名のとおり、さまざまな人が集う場所となっている。
まず1階のラウンジスペースでは名古屋港周辺のイベントや全国各地の街づくりに関する情報を紹介し、イベント開催にも活用する。2階は多目的スペースで、主に街づくりにかかわる展示やワークショップなどに利用。3階の展示スペースでは現代アート作家による企画展を開催しており、4階は協議会事務局、5階は当面、倉庫として活用しているという。

近年は空き物件のリノベーションが盛んに行われているが、ここは建物を「単にリノベーションするだけでなく、まったく新しい活用の仕方を提案することで、街の価値全体を底上げするような取り組み」を行っているという。
その取り組みとはいったいどんなものなのだろうか。
同協議会の事務局次長の古橋敬一さんと、岡西康太さんにお話を伺った。

写真左上:1974(昭和49)年に完成し、文具店として2005年まで営業していたビル。リノベーションには、協議会のメンバーが参加して行われた。写真左下:完成したビルの1階部分。入口の黒板には、現在進行中のプロジェクトが書き込まれている。写真右:ポットラックビルの前にて。港まちづくり協議会の岡西さん(左)と古橋さん(右)。写真左上:1974(昭和49)年に完成し、文具店として2005年まで営業していたビル。リノベーションには、協議会のメンバーが参加して行われた。写真左下:完成したビルの1階部分。入口の黒板には、現在進行中のプロジェクトが書き込まれている。写真右:ポットラックビルの前にて。港まちづくり協議会の岡西さん(左)と古橋さん(右)。

かつての「みんなのまち」を現代に復活させる

写真左:およそ40年前の築地口商店街。写真右:1969年まで走っていた市電。名古屋の中心地と港まちをつなぐ役割を担っていた。写真左:およそ40年前の築地口商店街。写真右:1969年まで走っていた市電。名古屋の中心地と港まちをつなぐ役割を担っていた。

名古屋市港区といえば、名古屋港水族館や名古屋港シートレインランド、国指定鳥獣保護区の藤前干潟を有し、ベイエリアスポットとしてすでに開発された地域。しかし、ここも例にもれず、人口の減少、高齢化、商店街の衰退など問題を抱えていた。
そこで2006年、港まちづくり協議会を発足し、市民と行政との協働による「港まちの魅力づくり・にぎわいづくりを目指す事業」と「暮らしやすい地域づくりを目指す事業」のふたつの事業を手掛けることに。
これだけ聞くと、どこにでもあるようなありふれた“街づくり”のような気がするが、活動の中身を見てみるとエッヂのきいた面白そうな取り組みが多いのが特長だ。

まずは、そのコンセプト。「なごやのみ(ん)なとまち」。
「ん?」と思わせるこのコンセプトにこそ、同協議会の想いがつまっている。「みなとまち」の人だけでなく、名古屋じゅうの「みんな」と「みなとまち」を楽しむ事業を推し進めようというわけだ。

「このコンセプトづくりに7年くらいかかっていますから(笑)」と話すのは、協議会発足当初からリーダー的存在として活動してきた古橋さん。
「街づくりにおいて重要なのはコンセプト。なにを大切にしてビジョンを広げていくかっていうことだと思うんです。行政主導の場合、より多くの人に支持してもらうために“安心安全の街づくり”、“暮らしやすい地域をつくる”という無難なコンセプトを掲げがちですが、それでは積極的に動こうとする人もいないし力が出ないと思うんです」という。

港まちの原点は、「モノづくりの名古屋」を支えてきた物流の拠点。名古屋港には多くの船が行き来し様々な国の船員や荷役労働者が集まり、名古屋の中心部へ向かう路面電車も整備され、多くの人でにぎわっていたという。そこに住む人だけでなく名古屋の人たちが何らかの形で関わりをもっていた街がこの「港まち」であり、港まちは「みんなのまち」だったことがうかがえる。
歴史を紐解き、街の人と関わりながら見つけた元気だったころの「港まち」。その後、産業構造の変化によって失われてしまった「みんなのまち」を、現代に復活させたいという想いから生まれたフレーズが「なごやのみ(ん)なとまち」なのである。

○+△+□=[なごやのみ(ん)なとまち]

協議会の活動の中身を見てみると、これまた「ん?」と首をかしげてしまうような方程式が。

○+△+□=[なごやのみ(ん)なとまち]

それぞれの記号にはテーマをあてはめ
○「心地よく安心な港まちで“暮らす”」、△「魅力的でにぎやかな港まちに“集う”」、□「みんなと港まちを“創る”」
というテーマでコンセプトを構成していこうという目論見だ。

○「心地よく安心な港まちで“暮らす”」の取り組みのひとつ「みなとまちBOSAI」を紹介しよう。
港の湾岸部は埋め立て地という土地柄、地震の際は液状化現象が心配される。東日本大震災以降、防災、減災への意識の高まりは見られるものの、そこに若者の姿はあまり見られないのが現状で、若い世代への参加を促すためにどうしたらいいのかが課題だった。そんななか、継続的に園児の防災訓練を行っていた区内の幼稚園と協働で、防災プログラムを製作・実施することに。
子どもが素直に防災訓練に取り組んでいる姿を保護者に見てもらおうという、この試み。
「地域の防災訓練には忙しくて顔を出せないという人でも、『子どもの日ごろの訓練の成果を見に来てください』という話なら、授業参観のように多くの保護者が見に来てくれるんですよね」と古橋さん。参加者は園児と保護者合わせて300人にものぼったという。
災害時に園は避難所ともなる。保護者参加型の避難訓練ともいえる同プログラムでは、非常持ち出し袋や仮設トイレの組立などを保護者に体験してもらい、若い世代への防災意識向上に一役かっている。

△「魅力的でにぎやかな港まちに“集う”」の例としては、港まちのビッグイベント「みなとイルミナート」があげられるだろう。名古屋港開港100周年を記念し2007年からスタートしたプロジェクトで、街のメインストリートをイルミネーションで飾ろうというもの。築地口から名古屋港の二つの駅にわたるイルミネーションロードが形成され、マーケットや音楽を組み合わせた参加型イベントへと発展していった。
また、街の人たちが手作りしたランプオブジェ「あかり玉」を制作し、イルミナートの期間中、築地口商店街を中心とした街の店先に設置。和紙を張り合わせた温かみのある灯りは、イルミネーションとは一味違う明るさで港まちを照らした。
さらに、年間200万人が訪れる名古屋港水族館以外にも街の魅力を知ってもらおうと、商店街や公園、広場といった場所に音楽ステージやマーケットをちりばめた「みなとバザール」も展開してきた。

□「みんなと港まちを“創る”」
コンセプトである「なごやのみ(ん)なとまち」がもっとも象徴的に反映されているテーマがこれだろう。
街づくりの先進事例やアート、クリエイティブ、建築の最前線で活躍する人の話を聞く「ポットラックスクール」を月1回のペースで開催し、30人定員に対して70人以上の参加があるという人気ぶりだ。街づくりの着眼点や課題解決法などを学ぶ機会を作っているという。
「街の外から人が集まるところを、この街の人にみてもらいたい。こうして人が集まってくるのを目の当たりにして、ここに住む人が自分たちの街について考えるきっかけになったらいいと思いますし、街が変わっていく空気をどんどん見せていきたいですね」(古橋さん)。

港まちの冬の名物となった「みなとイルミナート」。来場者には「み(ん)なとまち」のロゴ入り風船を配り、食や雑貨、地元産品を販売するマーケットや音楽ステージを設営し、夜まで盛り上がりを見せていた。撮影:岡村靖子港まちの冬の名物となった「みなとイルミナート」。来場者には「み(ん)なとまち」のロゴ入り風船を配り、食や雑貨、地元産品を販売するマーケットや音楽ステージを設営し、夜まで盛り上がりを見せていた。撮影:岡村靖子

時代の空気を吸った現代アートとのリンクで街に刺激を

アーティストの富永敏博さん(写真上)と、西築地小学校6年生の児童が制作した壁画プロジェクト「西築地ハタハタ大作戦」。小学生が商店街の人たちに街の歴史をインタビューしながらモチーフを探すという作業は、今後街づくりを支えていく若い世代を育成することにもつながるのかもしれない。アーティストの富永敏博さん(写真上)と、西築地小学校6年生の児童が制作した壁画プロジェクト「西築地ハタハタ大作戦」。小学生が商店街の人たちに街の歴史をインタビューしながらモチーフを探すという作業は、今後街づくりを支えていく若い世代を育成することにもつながるのかもしれない。

近年、ヨーロッパなどでは盛んに創造都市(クリエイティブシティ)という概念が取り上げられている。つまり、デザインやアートによって地域活性化・都市再生を目指す都市のことであり、文化庁では、文化芸術の持つ創造性を地域振興、観光・産業振興等に領域横断的に活用し、地域課題の解決に取り組む地方自治体を「文化芸術創造都市」と位置付け、その取り組みを支援している。

港まちづくり協議会でも、アートを取り入れた街づくりに取り組んでいる。
アートプログラム「Minatomachi Art Table,Nagoya(MAT、Nagoya)」では、すでにポットラックビル3Fでの展覧会や地域の空き家活用などを実行している。まちづくり協議会の中にアートの活動があるということ自体がユニークであるが、古橋さんは
「アートを取り入れた街づくりというと、街をオシャレにするといった話に終わってしまいがちですが、本当はそうじゃないんですよね。現代アートというのは時代の空気を吸ったアーティストたちが、違和感だったり面白いと思うことを表現した作品になっていて、作品自体にメッセージ性があります。それを街が受け入れ、見た人たちが触発を受け、何か行動を起こすことが意味のあることだと思うんです」と語る。
原風景を踏まえながらも、そこに新しい風を吹き込んだり新たな価値観を付加していくといった点は、街づくりと現代アートの共通点ともいえる。
「街づくりにアートやデザインなどクリエイティブな視点を取り入れていくと、想像もできなかったような気づきや発見がある」と古橋さん。
アートを受け入れていく豊かさを街全体で育んでいくことが、街づくりにつながるのだろう。

シナリオの中身を描くのは主人公である街の住人

港まちづくり協議会がある西築地地区とその周辺の学校や学童保育、幼稚園などと協力して作った「あかり玉」ツリー。今年は外部の朝市やマーケットに出かけ、港まち以外の人に作ってもらうことでPRにもなったという。撮影:岡村靖子港まちづくり協議会がある西築地地区とその周辺の学校や学童保育、幼稚園などと協力して作った「あかり玉」ツリー。今年は外部の朝市やマーケットに出かけ、港まち以外の人に作ってもらうことでPRにもなったという。撮影:岡村靖子

協議会の取り組みもあって、大学の研究会やNPOなどのパートナーとのプロジェクトも立ち上がり、港まちのコミュニティ活動は成熟してきたといえる。
しかし、街づくりの主人公はあくまでもそこに住む人。
「シナリオは提案するけれども、それをどうやる、だれとやる、いつやるといった中身を埋めていく作業が必要です。そこを僕らがやってしまうと街づくりにはならない」と古橋さん。
先に紹介した○+△+□=[なごやのみ(ん)なとまち]の○△□の中の色は、街のみんなで考えていく。この街に住んでいる人から出てくるアイデアを引き出し、その人たち自身で自分たちの街を創っていくということが大切だと話していた。

「なごやのみ(ん)なとまち」をコンセプトに掲げ、港まちだけでなく名古屋のみんなと楽しめる街、全国に誇れる「みんなの港まち」をつくろうという彼らの取り組みは、街づくりの一つのモデルケースである。
街の文具屋さんとして思い出に残るビルをリノベーションした「ポットラックビル」。同協議会の岡西さんは「この街に住む人がアイデアを出し合い、街の外から人を呼び込むプロジェクトが増えていったらいいなと思います」と話す。街の人が親しんできたビルは、そこに住む人だけでなく、港まちに関わる「なごやのみ(ん)な」たちの新たな交流の場となっていきそうだ。

2015年 12月31日 11時00分