黒田バズーカが招いた不動産市場への資金流入

量的緩和からマイナス金利まで次々とうち出された「黒田バズーカ」量的緩和からマイナス金利まで次々とうち出された「黒田バズーカ」

2013年4月、アベノミクスの第一の矢として放たれた異次元金融緩和=「黒田バズーカ」は、日銀が国債だけでなく、REIT、ETFの大量購入も合わせて実施し、市中銀行を通じて大量の現金を供給することと、低金利に誘導することによって資金需要を喚起させることを主な目的としていた。

しかし、有望な融資先が突然現れる筈もなく、プロパー融資案件は低金利だからといって増大せず、専らマンション・デベロッパーの開発用地購入資金、およびリテール融資では唯一拡大し続けてきた住宅ローン融資へと振り向けられた。要は不動産開発および購入に資金が流入したと言える。

これによって住宅ローン金利は一段と低下し、2013年9月には「東京オリンピック・パラリンピック」が決定したこともあって、今後開催地である”トウキョウ”への資金流入が拡大するとの思惑から、マンション需要がさらに拡大した。並行して2014年4月に実施された消費税率8%への引き上げ、および2015年1月の相続税率の改定=実質引き上げによって、実需層と土地持ち富裕層(実需層と投資家層)両方の不動産購入を促進させることにもなった。

また、黒田バズーカはインフレ期待を高めることによってストック市場においても株高傾向、円安傾向をもたらし、短期間での株価上昇で潤った国内投資家の資金と円安で2割程度安価に見えるようになった海外投資家の資金が相次いで不動産市場に向けられたため、特に投資性向が高い東京都心部および湾岸エリアでのマンション需要が拡大して、新築および中古マンションの価格が確実かつ明確に上昇していった。

経済構造と資金需要がミスマッチ~合致したのは不動産マーケットだけ!?

ただし、異次元金融緩和による資金需要は、プロパーもリテールも、これらの条件や経済イベントが重なった不動産関連の購入案件が中心で、しかも都市圏や大規模政令指定都市に限られた事象ということもあって、地方圏での資金需要はアベノミクスによる金融緩和の「恩恵」をほとんど受けられなかった。

資金を市中に大量供給して「金余り」状態を創出し、低金利で借り手の心理的ハードルを下げれば法人、個人に関わりなく資金需要が沸騰して短期間でインフレ目標に達することができるだろうとの政府・日銀の読みは、結果としては、”トウキョウ”を中心とする都市圏には相応の(一時的な)効果が認められたものの、全国的に見ると外れたと言わざるを得ない。
90年バブルとその後の「失われた20年」を経験し、投資・消費することに極めて慎重なポジションを取り続ける日本人の心理を斟酌し、それを打破できなかったことがアベノミクスの「限界」であったと見ることもできる。

また、日銀は金余り政策を実行しているのに、金融庁は金融機関の融資先については依然厳しい審査を要求し続けており、金融機関は“貸したくても貸せない”というジレンマを抱える状況が続いている。

相続税対策としての不動産購入&アパート経営が急増する理由

相続税を大きく軽減できる賃貸経営は、魅力的に見える相続税を大きく軽減できる賃貸経営は、魅力的に見える

このような経緯で、都市圏の、それも不動産にほぼ限って投資と実需の資金需要が活性化し、利用価値の高い土地の地価も不動産価格も上昇したのだが、地方圏ではもともと実需が軟調である上に投資需要もほとんどなく、不動産をコアとした融資金額の拡大は望めない状況にあった。

そこに、2015年1月から相続税が改正され、相続税の基礎控除は改正前の「5000万円+(法定相続人の数×1000万円)」から「3000万円+(法定相続人の数×600万円)」へとトータルで40%もの縮小が行われた。しかも、この措置によって相続税の申告割合(対象者)は改正前の4%から6%程度(つまり1.5倍)に拡大するとの試算があるように、比較的敷地面積の大きい戸建住宅に居住しているケースは地方圏に多く、相続税対象となるか否かは一概に地価の高い都市圏だけとは限らなくなった。
こうした「環境変化」は人々を不安にさせるものだが、そこで注目され始めたのが「アパート経営」である。

先祖から受け継いで子孫に継承すべき資産である土地に関する悩みは、特に課税科目の多い税金面で顕著だが、これに加えて相続税が改正=対象者が増加する上に実質的な増税となれば、継承すべき資産自体は大きく減ってしまうことになる。
ただし、相続税が対象とする資産は、現金以外に不動産や株式・公社債などの証券類、生命保険や死亡退職金のように死亡が原因で相続人が受け取る財産(みなし相続財産)、その他の高額な物品(動産)、著作権や特許権、商標権などの権利に至るまで多岐に渡り、その評価方法は資産の種類によって異なっている。

不動産については、賃貸物件を経営する場合には相続税評価額が30%軽減される措置が設けられており、さらに賃貸物件を建築した土地=貸家建付地の評価額は20%軽減される。相続税を大きく軽減できる賃貸経営は、対象者にとってそれだけで非常に魅力的に見えることは疑いの余地がない。

アパート経営の利点と「盲点」

実際に、「相続税対策」「家賃収入で建築資金返済」「空室対策として家賃保証」「家主代行で管理の手間なし」などの謳い文句が並ぶアパート経営は、相続税対策に有効で(しかも租税回避行為に該当する可能性もほぼない)、金融緩和の数少ない恩恵を受けて極めて低い金利(住宅ローン金利よりは高い)で建築資金が借り入れ可能であり、しかも最もイメージしやすいリスクである賃借人の確保についても家賃保証(相場家賃の70〜90%程度が保証される)によってその軽減策が用意されている等々、相続税対策に不安を抱える多くの土地持ち層にアピールした。

もともと、アパート経営は以前から土地持ち層の資産管理や税金対策、何より安定的な現金収入を得る手段としてこれまでも活用され続けていたが、その様相を大きく変えたのが長期間のサブリースの仕組みである「一括借上システム」だ。

アパート経営にとって最も大きなリスクは上記の通り賃借人が安定的に確保できるかどうか、つまり空室リスクである。そのリスクの低減を可能にしたのが「一括借上システム」ということになる。読んで字の如く、アパートを建築するよう専ら土地の所有者を勧誘した建設業者が、一定期間その建設したアパートを借り上げ、実際に賃借人が入居しているかどうかに関わらず家賃分の収入を保証するシステム=サブリースである。
もちろん、賃借人が想定できないようなエリア、具体的には郊外で駅からも遠く、生活利便施設もほとんどないようなところでアパート経営などできるはずもないから、建設業者が勧誘するような土地は一般的に賃貸ニーズもあると見込まれており、その家賃相場についてもプロとしての知見を有していると考えるものだが、実際にはそうではない。

確かに借り上げ期間は30年など長期に渡るのだが、保証される家賃の固定期間は建設当初から短期間で終わることが多く、その後1年ないし2年ごとに状況を見て改定するという契約内容になっているケースがほとんどである。これを知らずに(多くは詳細な説明を受けていないと主張されている)契約するケースが多発し、訴訟に発展するケースも決して少なくない。

なかには悪質と思われる特定の建設業者(サブリース業者の収益はIR情報を確認すれば分かるとおり、建設業の割合が多くなっている)に対して地主が集団で訴訟を起こす場合もあり、こうなると、既に単なる事実の誤認とか、地主と建設業者の認識の相違などと言える状況ではなくなっていることがわかる。

新たな資金需要を開拓しにくい地方の金融機関がアパート経営を助長する側面も

特に問題となるのがその契約内容だ。「一括借り上げシステム」は想定される相場家賃が基準となって事業の収支が組み立てられており、アパートの建設資金を持たない多くの地主は、金融機関から事業資金を借り入れて、家賃収入を元に返済する計画となるが、その計画を立てる建設業者は、驚くべきことに全借り上げ期間、例えば30年に渡って新築時の家賃を維持する前提で収支計画を策定するケースもある。そんな杜撰な(不可能な)計画を元にすれば、「アパート建設目的で借り入れたローンの返済分を差し引いても毎月数十万円手元に残る」などという説明がまかり通ることになる。

建設業者の中には、賃料の改定(引き下げ)に応じないと、賃借人を半ば強制的に当該物件から引き上げさせてしまうケースもあり、当初の収支計画が大きく変わって、資産継承&資産維持どころか、赤字が続いてアパート経営が立ち行かなくなり、資産を売却せざるを得ない状況に追い込まれることもある。

地主の事業計画の見立てが甘かったと言えばそれまでだが、多くは全くの素人である地主に対してアパート経営を勧誘した建設業者の道義的責任(場合によっては法的責任)が問われる局面である。

さらに問題を根深いものにしているのが、建設資金を貸し付ける金融機関の姿勢だ。
書面が規定通り揃っているか、借主である地主の資産状況や与信、(建設業者の言うことを信じて将来の相続税に備え、子孫に資産を継承することを考慮して)前向きにアパート経営を始めようという地主の意思などを確認した後は、この30年間家賃が変わらないなどという前提で作られたアパート経営の収支計画に異論を挟むことなく融資を実行しているのである。

本来であれば、この杜撰な事業計画に対して年間数%程度の家賃下落を折り込んで、返済計画についても指摘を行うべき金融機関が、ほぼ形式的な手続きのみで融資を実行しているという現状が、これらのアパート経営=「一括借り上げシステムによる不動産サブリース被害」を拡大させる一因になっていると言えるだろう。

特に、日銀が2016年2月中旬からマイナス金利を導入してからというもの、金融機関が日銀に預け入れている資金の一部に0.1%の「付利」がつかなくなったため、早急に日銀に預け入れた資金の融資先を見つけなければならなくなったという事情もあり、アパート経営に関する借り入れを「有望融資先」にせざるを得なかったという拝見も垣間見える。

もちろん、アパート経営しないかと勧誘した建設業者と、その説明を聞いて納得し、この仕組みを活用してアパート経営を始めた地主との問題で、金融機関は自らの判断に基づいて融資を実行しただけという立場であり、また、賃借人を安定的に確保しアパート経営がうまくいっている「成功例」も決して少なくはないが、地域金融を支える構成員である居住者に寄り添うことなく粛々と融資を実行する裏には、政府・日銀の金融緩和の恩恵を受けられずに、融資先が減少し続ける地方金融機関の現状が浮き彫りになる。

アパート経営は、数千万円単位の融資実績につながるため、地方の金融機関にとっては依然として有望な貸付先、融資開拓先であり続けていることになる。

ちなみに、借地借家法第32条には家賃の増減請求についての規定があり、同規定はサブリース契約にも適用されると最高裁が判断(平成15年10月23日判決)していることを根拠として建設業者は契約に基づいて家賃改定を申し出ていると主張しているが、同法は契約上の賃料を常に周辺の賃料相場に合わせることを要求しているわけではなく、上記判決の差し戻し審である東京高裁平成16年12月22日判決では、実際の賃料が周辺相場と相当乖離していると主張している建設業者からの家賃減額請求に対して、乖離を認めながらも契約時の家賃保証とそれを前提とする収支計画を尊重して、不況による融資利息と公租公課の軽減分程度の減額のみ認めている。

この判決によって、一括借り上げシステムを活用した建設業者によるアパート経営の勧誘とその家賃設定および収支計画については、建設業者も計画に一定の責任を負うべきとの判断が為されと考えることはできるだろう。ただし、現状では多くの場合この判決に対応させて、建設業者が責任を負うことなく、あくまでも勧誘を受け入れアパート経営に着手した地主、および経済環境の変化による家賃減額に帰結できるよう、契約内容が変更されているケースがほとんどである。

今後金融緩和もしくは金融自由化が進んで、例えば海外の金融機関の市場参入がさらに容易になれば、金利や各種手数料などにおいて競争が激化することは必至である。

消費者にとって金融自由化はより魅力ある金融商品が開発される可能性を高め、歓迎されるべきことではあるが、金融商品販売法や金融商品取引法など様々なルールが制定されていることを踏まえ、消費者保護の観点から金融機関は個々の融資案件を精査し、具体的な融資条件などを再確認する必要があるのではないだろうか。

金融機関、特に地方圏の金融機関のサービスはその地域の血流となる資金の確保と融資先の安定経営によって支えられていると考えれば、「一括借り上げシステム」によるアパート経営の収支計画を精査し、時には計画の抜本的見直しや中止、もしくは別の資産運用方法を提案するなどの“ホスピタリティ”が金融機関側に求められる。

資産継承&資産維持どころか、赤字が続いてアパート経営が立ち行かなくなり、資産を売却せざるを得ない状況に追い込まれることもある資産継承&資産維持どころか、赤字が続いてアパート経営が立ち行かなくなり、資産を売却せざるを得ない状況に追い込まれることもある

2017年 02月16日 11時06分