着工数増加はグッドニュースか、バッドニュースか

各種報道の通り新築住宅の着工数が好調だ。リーマン・ショックで沈んでいた賃貸住宅の着工数も2011年の28.6万戸を底に反転し、2012年は31.9万戸、2013年は35.6万戸と2年連続で2桁増を果たし、2013年後半からペースを加速し、2014年に入っても1月・2月は前年比20%以上の勢いを保っている。
この好調の主要因は、言うまでもなく消費税増税前の駆け込み需要である。株価上昇などアベノミクス効果と相続税強化の予告も駆け込みを後押ししたと見られている。新築着工の好調は東京や復興需要の東北地方だけでなく全国的な傾向だ。

新聞紙上などでは、新設住宅着工数の増加は景気回復のグッドニュースとして伝えられる。着工数が増えると建設業とその周辺産業が潤い、雇用を確保し、GDPを押し上げる効果があるからだ。
しかし、賃貸住宅市場にとって着工数の増加は本当にグッドニュースなのか。そこには手放しでは喜ぶことができない影の面もある。国中に景気良く響き渡る新築建設現場の音の中に、不吉な未来の足音が紛れ込んでいるように私には聞こえる。

貸家の新設着工数(平成25年1月~26年2月)※国土交通省「住宅着工統計」平成26年3月31日貸家の新設着工数(平成25年1月~26年2月)※国土交通省「住宅着工統計」平成26年3月31日

供給過剰が続く賃貸住宅市場

景気回復に水を差すつもりはさらさらないが、こんなことを言わなければいけない理由は、賃貸住宅経営における最大のリスクである空室の増加である。総務省の「住宅土地統計調査」によれば、平成20年度の時点で日本全国には約2200万戸の賃貸住宅ストックがありそのうち約410万戸が空室と、空室率は18.9%まで高まっていた。いかなる基準をもってしても供給過剰である。

リーマン・ショックは確かに経済的大惨事ではあった。その一方で、2009年以降の着工数の低迷期は、それ以前のミニバブルによる過熱気味の供給が抑制され、市場の需給バランスが回復に向かう調整局面でもあった。今回の駆け込み需要はそのようなタイミングで発生した特需である。

前回の消費増税の際に駆け込み需要の大きな反動を経験している建設業界は、当初駆け込み需要の刺激には慎重な態度を見せていた。しかし蓋を開けてみれば、現場では消費税増税が最大のセールストークとして繰り広げられた。消費税が8%になった今年度以降の動向はしばらく様子を見ないとなんとも言えないものの、2016年1月からの相続税の強化と同年10月からの消費税10%を控えて、ことによると第二波の駆け込み需要もあるかもしれない。

兎にも角にも、この5年間で新たに150 万戸以上の賃貸住宅が供給された。同じ期間に除却される(取り壊される)物件もあるので、着工数がそのままストック数に加算されるわけではないものの、この夏に公表予定の平成25年度の「住宅土地統計調査」では、賃貸住宅の空室率が20%を超えることはまず間違いないだろう。
つまり今現時点で、日本全国の賃貸住宅を均せば、5部屋に1部屋以上は空室ということである。あまつさえ過剰供給状態だった賃貸住宅市場は、新築着工数の回復でさらに需給バランスを悪化させることになるのだ。

賃貸住宅市場の自縄自縛の悪循環

賃貸住宅の空室率は築年数と相関することはよく知られている。新築の募集時には満室になっても、2回目の更新を終える築4年後あたりから空室が発生し始め徐々に空室率が高まっていく。国土交通省の「空き家実態調査(平成21年)」によれば、賃貸住宅の空室率は、築10年を超えるころに10%程度に達し、築25年を超えると30%近くまで一気に跳ね上がる。

空室率20%はあくまで市場全体の平均値なので、中には半分が空室になっているような物件も少なくない。そうなると建物の維持管理・修繕に必要なコストの捻出も困難になり、建物の劣化が早まり物件の競争力はますます低下する。そうして商品力を失った物件は、建替えによって競争力を回復しようとする。滅失された(取り壊された)物件の平均築年数は23.7年と、賃貸住宅は驚くほど短命である。

約24年の短いサイクルでのスクラップアンドビルドを前提とした賃貸住宅経営は、20年前後で回収できる範囲の投資しか許さない。イニシャルコストを圧縮するためにローコストな規格型大量生産品で建てられ、ランニングコストを抑えるために経年による劣化は原状回復的な修繕レベルで対応される。その結果として、賃貸住宅市場のショーウィンドウにずらりと並べられた物件ラインナップは、建築時期別に建物性能や設備仕様・デザインがおおよそパターン化され、それが築年数にしたがって劣化している。
立地以外には「新しさ」が最大のアピールポイントである市場だ。当然、借り手のニーズは新築・築浅志向へ誘導される。その行動が集積して、築古物件の空室率はさらに高まり、スクラップアンドビルドされるという悪循環を加速する。

賃貸住宅市場の供給サイドは、需給バランスを無視した歪んだ市場を作り出し、「新しさ」というすぐに効力のなくなる武器に安易に頼るあまり、短いサイクルでの建替えを余儀なくされ、自らの経営環境を悪化させる。これは自縄自縛あるいは自作自演のネガティブ・スパイラルだ。
さらに、この悪循環の中では建物コストも低く抑えなければいけないため、ユーザーの住み心地満足度を高めることが出来ず、低金利と持家の優遇税制を背景に、家賃並みの値段で買える持家市場にユーザーを奪われていく。賃貸住宅市場とは、そういう愚かなゲームを繰り返している市場である。

民営借家の空き家率(施工時期別)※国土交通省「空き家実態調査」(平成21年)民営借家の空き家率(施工時期別)※国土交通省「空き家実態調査」(平成21年)

ユーザーにとってのディメリット

一方、このように供給過剰で新築競争を繰り広げる市場は、ユーザーにとってはメリットが大きいように思われるかもしれない。確かに、新築・築浅物件の選択肢が増え、激しい競争は家賃の上昇を抑える圧力を持つ。近年、敷金ゼロ・礼金ゼロ・フリーレントなどで実質的な値引きを申し出る物件が増えているのは周知の通りである。

しかし、供給過剰で新築・築浅偏重の賃貸住宅市場は、ユーザーにとっても決して手放しで喜べるものではない。
賃貸住宅市場では常識になっていることだが、新築物件には新築プレミアムと言われる割高な家賃が設定される。築10年未満なら空室率は低いので、賃料はまだ強気だ。つまり、新築・築浅物件に絞った住まい選びは、常に割高な家賃を覚悟しなければならないことを意味する。

総務省の家計調査が、新築・築浅偏重の賃貸住宅市場の負の側面をあぶりだす傍証になるかもしれない。
同調査によれば、若年勤労単身世帯(一人暮らしの若い社会人)の消費支出に占める住居費は年々大きくなって、その一方で食費や洋服など他の消費にかける割合がどんどん圧縮されている。平成元年に男性11.8%・女性17.6%だった住居費は、平成21年にはそれぞれ21.6%・31.1%まで割合を伸ばしている。バブル崩壊以降、寮や社宅など企業の福利厚生が削減されていった背景もあるだろうが、伸びない給与所得の中で家賃が若者の生活を圧迫している実態がうかがい知れる。

仮に家賃は高くてもそれに見合う質の高い住空間が手に入るのならば、それなりの納得感はあるかもしれないが、新しい建物を選んだところで、分譲マンションなど持家に比べると、賃貸居住者の満足度は低い。
前述の通り、短いサイクルでの投資回収をしなければならない今の賃貸住宅市場では、建物そのものにコストがかけられないからだ。同じハウスメーカーやデベロッパーが建てる建物でも、持家市場に向けて供給される建物と比べると、賃貸市場向けに供給される建物は床や壁の厚さなどの基本性能、建材、設備機器等のグレードがまるで低い。俗に「チンタイ仕様」というやつだ。住宅ローンと同じくらいの家賃を支払って築浅の賃貸住宅に暮らしても、持家ほどの快適性は得られないのが平均的なチンタイの現実だ。

では、あえて市場トレンドの逆を行って、賃料が相対的に割安な築年数の古い物件を選ぶとどうなるか。
築年数の経過に従い空室率が高まるということは、築古物件の大家の収益が悪化することを意味している。大家の収益が悪化すると、築年数が経過して時代遅れになった設備などを現代的なニーズに合うようリフォームする資金はおろか、建物の状態を維持管理するための資金も不足するようになる。建設費の初期コストは回収が終わっているせいか、ユーザーの満足度を向上することに意欲的でない大家も多い。リフォーム投資などでリスクを取って空室を埋めるよりも、ギリギリ・だましだましでも回っていればよいという具合だ。そのような物件の中には、耐震性・耐火性など生命に関わる安全性に不安を抱える建物も少なくない。

このように、需給バランスを崩した新築競争の賃貸住宅市場は、住まい手にとっても必ずしも良いことばかりではない。ユーザーは支払う家賃に見合う住空間の質を得られず、本来得られるはずだった暮らしの豊かさは、市場のどこかに霧散してしまうという構造になっている。

若年(30歳未満)勤労単身世帯の男女別1か月平均消費支出の費目構成推移(総務省 消費者実態調査より)若年(30歳未満)勤労単身世帯の男女別1か月平均消費支出の費目構成推移(総務省 消費者実態調査より)

賃貸住宅の新築促進税制はもう止めよう

日本の住宅ストックの4割弱は賃貸住宅。空室だらけで必要な維持管理もされない賃貸住宅が増えたとしたら…日本の住宅ストックの4割弱は賃貸住宅。空室だらけで必要な維持管理もされない賃貸住宅が増えたとしたら…

この不健全な市場を作り出している根本原因は、経済成長で都市が拡大し若年労働者の住宅が不足していた時代に起源を持つ、賃貸住宅建設を強力に誘導する税制である。

賃貸住宅の建設には、新築住宅にかかわる各種の優遇税制のほか、相続時の税制優遇も大きい。例えば土地を相続する場合、その土地に賃貸住宅を建てれば相続税評価額が割り引かれ、小規模宅地の評価減適用でさらに評価を5割圧縮出来る。建設費の借入金も控除の対象となる。もし相続する土地が都市周辺部の農地だった場合には、賃貸住宅を建てなければ、相続人は一生農業を続けるか宅地並み課税のどちらかを選択することになる。

このような税制の圧力で、その地域にいくら空き家が増えていようがお構いなしに新たな賃貸住宅が建設され、需給バランスを悪化させている。それが着工数増加というグッドニュースの裏で進行している、未来へのバッドニュースである。

もちろん、景気がよくなることは国として最重要課題のひとつだ。資産の世代間移転も必要だ。
しかし、それでも、なんにせよ、賃貸住宅は作り過ぎだ。
需要が拡大し住宅が不足していた時代には社会的な合理性があった新築誘導の税制も、人口減少による需要縮小という今の時代においては、大家の相続対策と建設業の景気対策のために温存されているに過ぎない。賃貸住宅市場がこのまま需給バランスを無視した無軌道な供給を続けていると、賃貸住宅市場全体がレミングの集団自決よろしく皆で沈んでいくことになるだろう。一刻も早く抜本的な見直しが必要である。

うちは持家だから関係ない、と思っている人はいないだろうか。

少し想像してみてほしい。
もしあなたの持家の周りに、空室だらけで必要な維持管理もされないボロボロの賃貸住宅が増えたら。もし、近所のアパートの大家が空室に困って、借りてくれるなら誰でもいいと住み手を選ばなくなったとしたら。あなたが住む地域はどうなっていくだろうか。

日本の住宅ストックの4割弱は賃貸住宅である。つまり、賃貸住宅はどこの地域にもそれなりの密度で存在するということだ。この国に住む誰もがこの問題から無関係ではいられないのだ。

2014年 04月17日 09時09分