世界一の馬の祭典「相馬野馬追」

季節ごとに日本各地で執り行われる「祭り」。
夏の短い東北地方の夏祭りは、特に華やかなものが多いと言われているが、8月に開催される「青森ねぶた祭」や「仙台七夕祭り」に先駆けて開催される祭りがある。世界一の馬の祭典とも言われる、「相馬野馬追」だ。

相馬野馬追は、主に福島県の南相馬市を中心に行われる祭りで、1978年に国の重要無形民俗文化財に指定されている。3日間にわたり開催され、1日目は相馬三妙見神社である相馬中村神社・相馬太田神社・相馬小高神社の「お繰り出し」ではじまり、「総大将お迎え」の儀式が行われる。2日目は騎馬武者たちが雲雀ヶ原祭場地を目指し進軍する「お行列」、「甲冑競馬」、「神旗争奪戦」が行われ、3日目の野馬を素手で捕らえる「野馬懸」で幕を閉じる。戦国時代さながらの騎馬武者たちの勇猛果敢な姿が見られる祭りである。
今から千年以上前に平将門が下総国小金ヶ原(千葉県北西部)に野馬を放し、敵兵に見立てて軍事演習に応用したことが始まりとされる。その後、平将門の遠祖とされる相馬重胤が奥州行方郡(現在の福島県南相馬市・飯館村)に移ってからは相馬地方で行われるようになった。代々伝承され、2017年の開催で1,080回目となる。

2011年3月11日の東日本大震災は、相馬野馬追の開催地である市町村にも甚大な被害を与えた。相馬野馬追は、震災の4ヶ月後となる7月の最終土曜日から月曜日にかけて開催予定であった。継続が危ぶまれるなか、規模を縮小しつつも途絶えることなく開催された。

地域の人たちにとって欠かせない伝統的な祭りである相馬野馬追は、開催地である市町村を分断する震災を経ながらも、どのように継続されたのだろうか。
南相馬市役所の経済部観光交流課 課長補佐 佐藤克巳さんと、係長石川博之さんにお話しを伺った。

相馬野馬追の二日目の行事、「神旗争奪戦」の様子。空中に舞った二本の御神旗を数百の騎馬が奪い合う(写真提供:南相馬市役所)相馬野馬追の二日目の行事、「神旗争奪戦」の様子。空中に舞った二本の御神旗を数百の騎馬が奪い合う(写真提供:南相馬市役所)

鎮魂の祈りを捧げ、規模を縮小して行われた「東日本大震災復興 相馬三社野馬追」

2011年は中止となった、相馬野馬追二日目に開催される「お行列」の様子。騎馬武者達が3キロ先の御本陣である雲雀ヶ原祭場地を目指し進軍する。(写真提供:南相馬市役所)2011年は中止となった、相馬野馬追二日目に開催される「お行列」の様子。騎馬武者達が3キロ先の御本陣である雲雀ヶ原祭場地を目指し進軍する。(写真提供:南相馬市役所)

東日本大震災発生時、相馬地方では震度6弱~6強を観測。その後に発生した巨大津波により、多くの尊い命が犠牲となった。さらに、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故が発生。野馬追会場である、南相馬市原町区の雲雀ヶ原祭場地・相馬大田神社は「緊急時避難準備区域」に、相馬小高神社は「警戒区域」となった。祭りの担い手である多くの人たちが震災により被災し、家族ともども避難を余儀なくされた。人だけでなく、地域で飼育されていた多くの馬も津波によって流されてしまった。

「2011年は規模を大幅に縮小し、『東日本大震災復興 相馬三社野馬追』として当初の予定通り7月23日から25日の3日間にわたり開催しました。例年であれば騎馬は全部で400騎以上が出場しますが、2011年は82騎。来場者数も3万7千人と、例年の6分の1程度でした。警戒区域である小高郷(現在の南相馬市小高区)と標葉郷(双葉郡浪江町、双葉町、大熊町など)の方たちは、全国各地の避難先からの参加となりました。参加者たちも苦境のなかで開催したのは、何かしらの形で継続したいという強い意志と、犠牲になった方たちへの鎮魂と復興への願いによるものでした。」と、佐藤さん。

例年であれば、戦国時代さながらの「甲冑競馬」や「神旗争奪戦」などが開催されるのだが、2011年は中止に。祭場地には「来年こそ相馬野馬追を」という、野馬追復活の希望の言葉が掲げられた。

震災翌年はほぼ例年通りの開催に

2012年には雲雀ヶ原祭場地である相馬大田神社の規制解除、相馬小高神社の規制緩和を受け、前年は開催を見送った2日目の「お行列」・「甲冑競馬」・「神旗争奪戦」、3日目の「野馬懸」も従来の会場で開催された。「来年こそ相馬野馬追を」の宣言の通り、2012年はほぼ例年に近い形での開催となった。地域で飼育されていた馬は、震災による飼育環境悪化のため、自治体や乗馬クラブ、牧場、NPOなどの支援により全国各地に避難していたが、無事に帰郷した。震災前の約8割にあたる386騎の騎馬武者が出場し、来場者数も3日間でのべ15万9,700人と大きく回復したのである。
「2015年は439騎が出陣し来場者数は20万7,000人と、震災前とほぼ同等に回復しています。2016年7月12日の南相馬市小高区などの避難指示解除を受け、震災発生以降、休止していた『火の祭』という花火を打ち上げる行事が6年振りに復活しました。2016年も428騎出陣、19万2,000人来場と多くの方に足を運んでいただきました。」

2017年3月現在、野馬追の開催地域であった標葉郷の双葉郡浪江町や双葉町、大熊町などは避難区域指定が解除されておらず、避難先から参加する人も多く存在する。自宅で馬を飼育していた人の中には震災により馬を手放した人もおり、騎馬の約4割は他の地域から馬を借りて出場しているそうだ。
来場者の数は復活したものの、震災前の野馬追を今後復旧することが出来るのか、課題は残る。

二日目に執り行われる「甲冑競馬」。甲冑は13キロほどの重さになると言う。旗が風の抵抗も受けるなか、騎馬は1,000メートルを疾走する(写真提供:南相馬市役所)二日目に執り行われる「甲冑競馬」。甲冑は13キロほどの重さになると言う。旗が風の抵抗も受けるなか、騎馬は1,000メートルを疾走する(写真提供:南相馬市役所)

伝統と共に受け継がれる「相馬地方の平和・繁栄」の願い

御小人(おこびと)と呼ばれる人たちが屈強な馬を選び総がかりで素手で捕らえ、第一番に捕らえられた馬が神社へ奉納される。この「上げ野馬の神事」による相馬地方の平和・繁栄の祈願を持って、野馬追は終了する(写真提供:南相馬市役所)御小人(おこびと)と呼ばれる人たちが屈強な馬を選び総がかりで素手で捕らえ、第一番に捕らえられた馬が神社へ奉納される。この「上げ野馬の神事」による相馬地方の平和・繁栄の祈願を持って、野馬追は終了する(写真提供:南相馬市役所)

相馬野馬追は、伝統的な祭りであるからこその課題もあるようだ。

「よく『相馬野馬追に騎馬として参加したい。』というお問合せを頂くのですが、誰でも参加できる行事ではないためお断りをしています。騎馬として参加するには、まず騎馬会に入る必要があるのですが、騎馬会に知り合いがいるなど、何かしらの由縁がないと入ることが難しいようです。騎馬会に入ってすぐは一般騎馬として出場し、数年を経て、組頭や中頭などの『役づけ』が貰えるのです。また、藩主の行列であるため、観覧の際は2階から見下ろしてはいけない、行列を横切ってはいけないとされています。
そういった伝統を守るため、体験型の観光誘致が出来ないというのは致し方ない課題ではあります。南相馬観光協会では甲冑の着付け体験を受付けておりますので、興味のある方はぜひ体験して頂きたいです。」

また、観光客へのおもてなし環境の整備をしていきたい、とも話す。

「震災による人口減少が回復していないということもあり、野馬追開催時の観光客に対し、宿泊施設や飲食店が不足しています。昨年は自宅を宿泊施設として提供いただける方を募り、民泊を試みましたが、今年も実施する予定です。3日目の野馬懸は国の重要無形民俗文化財に指定される要因となった、昔の名残を唯一留める神事です。2日目のお行列や神旗争奪戦を見て帰られる方が多いのですが、この野馬懸もぜひ見て頂きたいです。」

2017年の相馬野馬追は7月29日から31日の3日間にわたって開催されることが決定した。4月より、開催の告知を順次行い、申込みを受付け予定とのこと。

相馬地方の平和と繁栄を祈願する相馬野馬追が今年も盛大に行われ、今後のさらなる復興への力となることを願う。

2017年 03月10日 11時05分