栄華と衰退 「ガチャマンの街」愛知県一宮市

「ガチャマン」という言葉を耳にしたことはあるだろうか?

昭和25年頃、繊維や紡績業が大変好景気であった時代に「(織機を)ガチャンと織れば万の金が儲かる」という業界の繁栄を例えた言葉だ。多くの工員を必要としたため、九州や東北からの集団就職で若者が集まり、我が街 愛知県一宮は「女工の街」と言われたほど若い女性が多く、街は活気に満ちていた、…らしい。筆者はこの街で育ち30年以上になるが、幼少期の記憶に「ガチャン、ガチャン」という機織りの音は残っているものの、活気に満ちていたという印象はなく、その頃は既に衰退が進行していたのだろう。

しかし、街の至る所には栄華の名残を見て取れる場所や建物があり、文字通り「せんい」という町名もまた、当時は繊維にかかわる企業が集まっていたことを連想させる。
「せんい団地」と呼ばれるそのエリアには、各ブロックに公園があり、トラックを通りやすくするためか道幅も広く、築40年以上ではないかと思われるビルや建物が軒を連ねる。街なかにはないゆったり・のんびりした環境だが、企業が集まる場所としてはいささか侘しさも感じられる。
そんな静かな「せんい団地」が年に1・2度、小さなお子さん連れのファミリーや若い女性を中心に賑わいを見せる日がある。
「粉祭」というイベント開催日だ。
繊維と粉モノ、なんの繋がりもないように感じられるこのイベントについて取材した。

「この人は本物」と自信を持って勧められる同士が企画したイベント

音楽と食とモノの融合を目指す粉祭では、音や風を感じられる音楽と食とモノの融合を目指す粉祭では、音や風を感じられる

粉祭は<conasai>とも表記し、こなさいと読む。 字のごとく「粉モノ」がメインでスタートされたのが3年前。主催メンバーは、一宮や近郊で定評のあるパン屋、洋菓子店、移動ピザ屋などまさしく「粉モノ」のお店もあれば、花屋、雑貨屋、建築士、など「粉モノ」カテゴリーでない方々も。
「気心の知れた仲間と飲みながら話す中で、面白そう!とスタートしたのがきっかけ」と語るのは、主催者代表であるセレクトショップ mercatoオーナー豊島氏。
そのmercatoが数年前に移転した先が「せんい団地」で、自らのお店があり、同じエリアに知人のお店もある。広い公園や駐車スペースもあって開催場所は確保できる。
何より、「この人は本物」と自信をもって勧められるものを持っている友人知人が何人もいる。場所も人も、もちろんモノも揃っている。それなら機会を!と、企画がスタートしたのは自然な流れなのかもしれない。

今年4月に第6回が開催された粉祭のスタートは、2013年10月。
開始当初は主催メンバーの実店舗で行ったが、現在は「せんい団地」をベースとしている。
人気が人気を呼び、口コミで噂が拡がり、回を重ねるごとに出店者数や業種が増え、来場者の層も豊かになってきた。人気店の行列がそこかしこで見られるのはもちろんのこと、出店者の準備の横でお客さんがオープン待ちをする光景が見られるほどになった。

主催者の豊島氏にイベントのこだわりを尋ねてみた。
「食とモノと音楽の、心地良い融合を楽しんで欲しいですね。一般的なマルシェだと、実店舗を持たない移動販売店舗や、イベント専門の出店が多いと聞きますが、粉祭では、普段はイベント出店しない固定店舗さんにも多く出店していただいている点がこだわりでしょうか。粉祭で知り、実際にお店へ足を運んでいただく―そんな動線も作っていきたいと思っています」

また、「空間」と「音楽」にもこだわりが感じられる。
公園というオープンなスペースで感じる光や風、そこにライブという生の音楽が流れている。
実際に来場者へ粉祭の魅力は?と尋ねてみたところ、「公園で聴ける音楽」という回答がいくつもあった。
2歳前のお嬢さんを持つ女性は、「子どもが小さいとお買物も大変。まして、子連れで音楽を聴く機会はなかなかないので、こうして芝生に座って、買ったものを食べ、のんびり音楽が聴けるのがとても気持ち良いですね」と話してくれた。

まさに、食とモノと音楽の融合だ。

自分たちだけで頑張らない、市民の力をも借りて発展するイベント

一つの公園内でのみ開催されているわけではなく、いくつかの公園や実店舗を緩やかに結ぶこのイベントを歩いていると、ボランティアスタッフの姿を多く見かける。
一宮市街という会場の特徴もあり、来場者のほとんどが車を利用する。よって、数回前のイベントから駐車スペースを設け、誘導スタッフを配置している。
筆者もマルシェに足を運ぶことは好きなので、好みのものを見つけては出向いていくのだが、駐車場に困ることも少なくない。人気イベントであればあるほど、駐車やゴミなどのマナー問題が近隣住人にとっては「歓迎できないイベント」という状況を生みやすいが、駐車スペースを確保する、スタッフを配置するという主催者のこうした配慮も、近隣住人や企業との良好な関係を保ち、回を重ねるごとに規模と協力者が増していっているのであろう。
「粉祭終了後は驚くほどゴミが落ちておらず来場者マナーがとても良い」と聞くのは、主催者の姿勢が来場者にも何か伝わるものがあるからかもしれない。

少々オーバーな表現かもしれないが、粉祭は『地元市民からの応援を受けている』とも言える事実がある。
一宮市は「市民が選ぶ支援活動制度」というものを平成20年より実施しており、市民活動の一番身近にいる市民に、市(地域)のためになっている活動に票を投じてもらい、その結果に応じた支援額を団体に交付している。
粉祭は2015年度に事業申請し、条件が満たしていると判断され、交付申請を行った結果、2015年度の支援金は26,000円となり、ライブアーティストへのお礼の一部に充てられた。

コアメンバーはそれぞれ個人事業主であったり、小さな企業だ。
コラボという枠を越え、それぞれが労力と時間と知恵を出し合っている、それも楽しみながら。

出店者・ボランティア・来場者それぞれ垣根なく、仲良く和やかな雰囲気が印象的出店者・ボランティア・来場者それぞれ垣根なく、仲良く和やかな雰囲気が印象的

マルシェ、マーケット、市場...イベントは果たして街づくりにつながるのか

この粉祭というイベント自体が街づくりに成り得るのかどうかは、正直、現段階ではわからない。
だが、いちファンとして何度かイベントに足を運んでいる者の目から見ても、規模や内容はどんどん豊かになっているのはわかる。

最後に、今後の展望を豊島氏に尋ねてみた。
「粉祭が定着し、粉祭を通じて魅力的なお店が『せんい団地』の空き店舗を埋めてくれることが目下の目標です。そして、『せんい団地』が一宮の新たな魅力スポットになってくれれば」

ここに出店すれば仲間に会える、新たなお客さまと出会える。
ここに遊びに来れば美味しいものが食べられる、良い音楽が聴ける、オシャレなモノと巡り合える。
以前は出店者だったが、今回はボランティアに。 以前はボランティアだったが、今回はお客さんに。
友人が出店するから遊びに来た。 家族がボランティアなので差し入れに来た。

粉祭にはそうした沢山の交錯が見られる。そんな交錯が情報や交流を生み出し、いつしか街づくりに発展していかないだろうか…あのいくつもの笑顔を見ているとそう願わずにはいられないし、主催者の夢もあながち夢では終わらない気もしてきた。

取材協力 : mercato 店主 豊島裕康氏
粉祭Facebookページ : https://ja-jp.facebook.com/conasai

様々なジャンルが出店する相乗効果で、幅広い年代の来場者を呼んでいる様々なジャンルが出店する相乗効果で、幅広い年代の来場者を呼んでいる

2016年 05月26日 11時06分