23日間合宿して家作りを学ぶ、いえづくり教習所

参加者の中にはかつて自分で古民家の改修をやったことがある人から大工道具を持つのは初めてという人まで様々参加者の中にはかつて自分で古民家の改修をやったことがある人から大工道具を持つのは初めてという人まで様々

2015年8月、高知県安芸郡の海辺に近い場所でいえづくり教習所なる耳慣れないスクールが開かれた。期間は2015年8月3日から25日の23日間(うち日曜日は休講)で受講料は20万円。ここに現地近くのシェアハウス滞在時の食費等5万円、道具代が3万円かかり、当然だが高知までの旅費も必要。加えてこの間は仕事ができない。社会人が遊びで参加するにはハードルの高いスクールだが、それでも東京、北海道、京都、大阪、九州、地元高知などから総勢17人が参加した。うち数名はDIYすらしたことのない素人。女性も5人参加している。

主催したのは高知市の建築士、中宏文氏。中氏は東京の大手建築設計事務所に勤務した後、職業訓練校で大工仕事のイロハを学び、同訓練校で非常勤講師を務めた後、高知で独立したという経歴の持ち主である。

「建築士は図面は描けますが、現場の仕事はできません。特に大学で学ばない木造住宅は全く分からない。でも、設計だけでなく、施工までやれば利益が大きくなるのではと非常勤講師をやりながら考えていました。また、訓練校では広く、浅く家作りを教えてくれますが、それをお金にするノウハウは教えてくれない。このミスマッチをなんとかできないかと漠然と考えていました」。

そんなある日、中氏は高熱を出して倒れる。死も覚悟したその病気をきっかけに、社会貢献になる事業をやろうと考え、思いついたのがいえづくり教習所だった。

ちょっと学べば実は素人にもできる耐震改修

小屋を建てる場所の隣には広い屋根付きの倉庫があり、事前の作業はそこで行われた小屋を建てる場所の隣には広い屋根付きの倉庫があり、事前の作業はそこで行われた

いえづくり教習所に行きついたのにはいくつかの要因があるが、そのひとつは高知という土地柄である。南海地震、東南海地震などを含む南海トラフ地震が起きた場合、高知は大きな打撃を蒙るとされており、住宅の耐震化は急務。ところが、耐震診断までは安価にできるものの、それを受けて耐震改修を行おうとすると途端に金額が跳ね上がる。

「一般的な平屋であれば職人が2人、2週間あれば施工できます。高知の場合、職人の日当は1万5,000円~1万7,000円で、仮に1万5,000円として計算すると21万円×2人分。これに材料と養生その他の実費が80万円、さらに諸経費をプラスすると120~130万円ですが、適正額が分からないこともあり、一時期は300万円かかりますという会社もあったほど。最近は物件にもよりますが、平屋で160万円~200万円、2階建てで200万円~250万円という例が中心のようです」。

耐震補強が高くなりがちなのは、ある程度解体してみないと白蟻被害や雨漏り状況などが分からず、後で高くつく可能性があることに加え、施工後、屋根をいじったことが雨漏りの原因になったなどと不備を主張されるリスクがあるため。工務店にとって高額見積もりは後日の保険だというわけだ。

そこに一石を投じようというのが中氏のいえづくり教習所である。同教習所では自分で耐震補強ができるように教育をする。「高知県の場合、耐震改修補助事業に耐震設計があり、たとえば30万円かかる耐震設計に20万円の助成が出ます。つまり、10万円で構造計算書、設計図を作ってもらえるわけで、これを基に自分で施工できれば我が家を改修する費用は大幅に節約できます。また、身に付けた技術を仕事にすることもできる。高知など耐震改修に力を入れているところなら仕事はあります。そのための技術を学ぼうというのがいえづくり教習所です」。

技術が身に付けば我が家の改修はおろか、仕事にもなる

大工さんによる作業では全員が真剣に手元を見つめる。スマホその他で録画する人も大工さんによる作業では全員が真剣に手元を見つめる。スマホその他で録画する人も

一般の人にできるのか?という疑問が湧くが、中氏によると意外に簡単だという。というのはどのように改修しなければならないかは設計図に書かれており、それを読むための勉強は必要なものの、半日もあれば分かるようになるのだとか。さらに耐震改修でやらなければならない作業自体はほぼ決められているのだ。

「耐震壁を設ける、筋交いを入れる、面材耐力壁を作る、柱頭、柱脚に金物を取り付ける、基礎を補強する、白蟻被害のある梁、柱を補強するなどが主な作業で、そこにどんな道具、材料が必要かも決まっています。何mmのビスを何cmピッチで打つかまで決められているので、その仕様が読めて、作業ができれば耐震改修は素人でもできます」。

作業もそれほど難しくはない。接合金物も、耐力壁もビスで止めるので、インパクトドライバーが使えさえすれば大丈夫。日曜大工をやったことのある人なら1日、2日で、全く経験のない人でも数日あればそこそこできるようになるという。また、材料のうち、材木は地元の会社から、ビスや金物、道具類はインターネットで買えば安く済む。

「技術が身に付けば自宅の耐震改修ができる、仕事ができるようになるほか、たとえば空き家を自分で改修できれば住居費を大幅に抑えることができ、移住などもしやすくなります。高知では不動産会社を介して購入しても一戸建てが300万円~400万円、地元の人から直接売ってもらうとしたら100万円以下で手に入ります。加えて改修費が実費で済めば、生活はどんなに楽になるか」。

自分にも家が作れる、その気持ちが選択肢を広げる

これだけのものを素人集団が作る、作れる。すごいことであるこれだけのものを素人集団が作る、作れる。すごいことである

こうした実用的な理由に加え、中氏がいえづくり教習所に込めた気持ちにはもっと深いものがある。「今は工夫をしたり、考えれば本当は自分でできることも簡単に人に頼んでしまう。でも『住む』『食べる』が自分の手でコントロールできるようになると、自信がつきます。本当の意味で自立できるようになるのではないかと思うのです」。

かつて家は自分でも多少はいじれる、作れるものだった。だが、生活が忙しくなり、工業化住宅が主流になると、家は誰かが作ってくれるもので、自分が関われるものではなくなった。そこから家や生活に対する無関心が生まれたのではないか。だとしたら、家と自分との距離を考え直すことは生活のあり方そのものを見直すことにならないか。自分にだって家が作れると思えば、選択肢は広がるのではないか。それが中氏の意図である。

実際、いえづくり教習所に参加した人たちの中には作業を通じて、自分にもできる、住宅の選択肢が広がったという感覚を掴んだ人も少なくない。終了後のアンケートで愛知県から高知に移住した男性は「どこに住み、どんな家に住むのか、人生の選択肢が一気に広がったと感じています」と書いている。自分の手で家を作るという経験が新しい選択肢になったのだろう。

手を動かす経験は家を買う際にも役に立つ

作業の合間にはみんなでバーベキューをしたり、観光に出かけたり。共同生活にも学びがあったようだ作業の合間にはみんなでバーベキューをしたり、観光に出かけたり。共同生活にも学びがあったようだ

授業は座学で建築に関する知識、法規などを学び、大工技術を実習で習得。全員で1棟の小屋を作るというもの。耐震改修だけなら電動工具で済むが、汎用性をということだろう、のこぎりやのみを使った手作業もあり、これに苦労した人も少なくなかったようだ。だが、授業そのものが大変だったという声はなく、アンケートで見る限り、参加者の満足度はかなりのもの。ほとんどすべての人が「やってみて意外にできることが分かった」「家を自分で作ることは可能で、そんなに特別なことではないことが分かりました」などと書いており、意外に簡単という中氏の言葉通りの結果になったようである。

この経験を機に高知への移住を決めた人がいたり、終の棲家を自分で作るという目標を持って参加した人がいたりと、このスクールが参加者の人生にとって大きな転機になったこともアンケートからは読み取れた。

また、アンケートでは最後に「今回の経験を踏まえてこれから家を建てよう、買おうという人に向けて何かアドバイスをお願いします」という質問を入れたのだが、これに対しての答えのほとんどが「一部だけでも自分で作ってみること、一度大工作業をしてみること」を勧めているのが印象的だった。「家を建てようという人はもちろんですが、買おうと思っている人も一度、大工作業を経験したほうが絶対に良いと思います。家を見る目が全く変わります。それは買う際にも非常に参考になるかと思います」。いえづくり教習所の23日間は長すぎるとしても、一度、何かを作ってみる経験は役立つ。それは確かなようだ。

いえづくり教習所は今後も毎年8月に開催予定とのこと。関心のある人は問い合わせてみてほしい。
http://iedukurischool.strikingly.com/

2015年 10月26日 11時07分