課題克服に向けて「熱田ブランド戦略」始動

取材に協力してくださった熱田区役所企画経理室の鈴木竜也さん(右)と、区民生活部まちづくり推進室の西川修平さん(左)。後ろに写っているのは七里の渡しの常夜灯を模した時計台取材に協力してくださった熱田区役所企画経理室の鈴木竜也さん(右)と、区民生活部まちづくり推進室の西川修平さん(左)。後ろに写っているのは七里の渡しの常夜灯を模した時計台

2015年、名古屋市熱田区役所が「熱田ブランド戦略」に乗り出した。といっても、区役所が何か事を計画して、皆さんやりましょう! とけん引するのではなく、地域で活動している団体や学校、商店街などと連携してブランド戦略を進めていく。つまり、地域が主導する取り組みを区役所が統括しバックアップするのである。以前、紹介した「あつた宮宿会」との連携もその一例だ。

熱田区役所はこのブランド戦略によって、熱田区が抱えている“ある課題”を克服しようとしている。実際に事に携わっている企画経理室の鈴木さんと、まちづくり推進室の西川さんに話を伺った。

「熱田はよく“重層的に歴史が重なったまち”と言われます。区内には断夫山古墳(だんぷさんこふん)をはじめとする古墳群や貝塚があり、古くから人が住み繁栄してきた地であることがわかります。また、熱田神宮を中心に門前町として栄え、江戸時代には東海道一の宿場町・宮宿が賑わっていたという記録や、宮の渡し公園(七里の渡し)(※)などの歴史遺産が点在し、湊町として栄えていたという文献や絵画なども多く残っています」(西川さん)

(※)宮の渡し(七里の渡し)…旧東海道で、熱田の宮宿から三重県の桑名宿まで海上七里の拠点となる船着き場のこと。

名古屋よりも歴史の古い熱田

宮の渡し公園にある七里の渡し記念碑。城下町名古屋の海の玄関口として、人や物資の輸送で重要な役割を果たし賑わった場所宮の渡し公園にある七里の渡し記念碑。城下町名古屋の海の玄関口として、人や物資の輸送で重要な役割を果たし賑わった場所

「古くから熱田区に住んでいる方は、熱田を“独立の気概ある誇り高いまち”と言われます。実は熱田が名古屋市に編入されたのは1907年(明治40年)のことで、それ以前は愛知郡熱田町という独立したまちでした。現在の宮の渡し公園あたりには熱田湊(あつたみなと)があり、船着き場としても漁港としても賑わっていました。江戸時代以降に新田開発が盛んになり、熱田が名古屋市に編入されて間もなく熱田湊が名古屋港と改称され、その後、段階的に埋め立てが進んで現在の港区や名古屋港が築かれました。名古屋は開府400年の歴史がありますが、熱田は2013年に熱田神宮が創祀1900年を迎えていますから、名古屋以上に古い歴史があるんです。そういう意味で“独立の気概ある誇り高いまち”なんですね」(鈴木さん)

お二人の話を聞く限り魅力満載ではないか。古墳時代から人が住むことができるほど恵まれた土地で、繁華街として賑わってきた実績もあり、インフラが整い、緑豊かな熱田の杜(もり)があり、産業も発展しているこのまちに、いったい何の課題があるというのか。西川さんは、残念そうにこう語る。

「歴史はあるんですが、その歴史が見えるものが少ないというのが一つの大きな課題なんです。戦災で多くが焼けてしまったので……」

熱田区の中央には、宮の渡しと名古屋城を結ぶ物流の拠点として、名古屋の発展、人々の暮らしを支えてきた堀川が流れている。白鳥地区には昔は貯木場があり、戦時中、その界隈が飛行機を造る軍需産業の拠点だったことから空襲に遭い、多くの歴史的建造物が焼失してしまったという。

産官学連携“PROJECT758”

残念ながら、焼失してしまった建造物をもとに戻すことはできないが、熱田がどんな誇り高いまちであるかを今に伝えることはできる。多くの人に“○○といえば熱田!”と思い浮かべてもらえるよう、見えなくなってしまった歴史的建造物も含め熱田の地域資源の魅力を発信し、まちを活気づける。それが熱田ブランド戦略なのである。

【「熱田神宮」がある名古屋市熱田区で、まちづくりのために老舗の若旦那衆が立ち上がった!「あつた宮宿会」の活動を追う】の記事でも取り上げた、2014年秋に開催された「あったか!あつた魅力発見市」も、その取り組みの一つと言える。

熱田区役所にとって魅力発見市の一番の目的は、お客さんに熱田区を巡ってもらうこと。グルメと歴史をテーマに、宮の渡し公園・白鳥庭園・日比野商店街・金山の4ヵ所でマルシェ(市場)を同時開催し、熱田寺院の特別公開と特別ガイドツアーを実施した。約2万人の来場があったというから、目的は達成されたと言っていいだろう。

「このイベントもそうでしたが、名古屋学院大学と連携していろいろな取り組みを進めています。今、熱田ブランド戦略で面白いプロジェクトが進行中なんですよ」(西川さん)

名古屋学院大学は、愛知県瀬戸市と名古屋市熱田区にキャンパスがある私立大学。「狭い範囲で研究するのではなく、地域と連携し地域に還元しようという姿勢を感じられます」と鈴木さんが言うように、とても開かれた大学だ。

熱田区役所はその名古屋学院大学と一緒に“PROJECT758(プロジェクトななごうはち)”を進めているという。

名古屋学院大学の名古屋キャンパス白鳥学舎。<br />名古屋市営地下鉄日比野駅前には日比野学舎があり、講義室の一部を貸し出すなど積極的に地域と交流している名古屋学院大学の名古屋キャンパス白鳥学舎。
名古屋市営地下鉄日比野駅前には日比野学舎があり、講義室の一部を貸し出すなど積極的に地域と交流している

熱田の象徴を見える化

「PROJECT758は、昨年から始めているちょっと視点を変えた“見える化”の取り組みです。熱田を象徴する施設や店舗をモチーフにアニメキャラクターをつくり、それぞれに声優さんを付けて動画配信して熱田をPRするという広報活動です」(西川さん)

アニメキャラクターは今のところ12体(12人?)制作されており、白鳥古墳や宮の渡しなど歴史を感じさせるものをモチーフにしたキャラクターや、名古屋国際会議場や熱田球場など現存の施設をモチーフにしたキャラクター、あつた蓬莱軒や妙香園など老舗名店をモチーフにしたキャラクターなどがある。

プロジェクトの公式サイトを覗いてみると、熱田の名所の写真をバックにかわいらしいアニメキャラクターがずらりと並んでいる。中年真っ盛りの筆者は普段こういう絵に触れる機会がないので一瞬、気恥ずかしさを感じたが、よく見ると市長の応援メッセージが掲載されていたので、中年が見ても大丈夫だと安心した。

さらに詳しく見ていくと、キャラクターには性格や趣味などの細かい設定がされていて、モチーフの特長がしっかり盛り込まれている。そのモチーフを知っている人が読めば、なるほどなぁと思うだろうし、知らない人が読んでからその場所に行けば、こういう意味だったのかと納得できるのではないかと思う。絵は若い人向けかもしれないが、内容は中高年も興味を引かれるので、案外幅広い世代に受け入れられるような気がする。

名古屋学院大学は文部科学省の「地(知)の拠点整備事業」に採択されおり、PROJECT758はその事業の一環でもある。<br />画像は同プロジェクトで誕生したアニメキャラクター。今のところ12人すべて女の子だが、今後は男の子も登場するかもしれない?!名古屋学院大学は文部科学省の「地(知)の拠点整備事業」に採択されおり、PROJECT758はその事業の一環でもある。
画像は同プロジェクトで誕生したアニメキャラクター。今のところ12人すべて女の子だが、今後は男の子も登場するかもしれない?!

住みたくなるまち 訪れたいまち あったか熱田

PROJECT758を主導しているのは名古屋学院大学商学部のゼミ(伊藤昭浩教授)で、キャラクターを作成したのはその学生さん(仕上げはプロのイラストレーターに依頼)だという。では、熱田区役所はこのプロジェクトのどこにどう関わっているのか。

「間接的に応援するというスタンスで関わっています。区で広報活動をするとすべての人を対象に発信するため、どうしても従来どおりの無難なものになってしまうんです。ですから、新しい取り組みは連携協力のような形で携わらせていただいています」(西川さん)

「先生方は専門知識を提供してくださいますし、学生さんたちは若くて元気があって行動力もありますし、大学に力を借りて成り立っていることは多いと思います」とお二人は口をそろえる。そんなふうに大学や地域活動団体と新しい関わり方をしながら、これから熱田をどんなまちにしていきたいか尋ねると、共通の思いを込めた答えが返ってきた。

「地域資源を活用した魅力発信ももちろん大事ですが、第一に、住む人にとっても訪れる人にとっても安全で安心して過ごせるまちにしたいですね。それがある上で、賑わいのあるまちづくりをしていきたいです」

古墳時代からの伝統的な歴史ある熱田は今、平成の若者たちの感性を取り入れて課題を克服しながら、より磨きのかかったまちに生まれ変わろうとしている。

【取材協力】
■熱田区役所
http://www.city.nagoya.jp/atsuta/



【関連リンク】

■名古屋学院大学

http://www.ngu.jp/



■PROJECT758

http://www.ngu.jp/system/andn/project/list/37/


http://p758.jp

熱田区役所(左上)、白鳥庭園(右上)、宮の渡し公園(左下)、名古屋国際会議場(右下)。熱田は将来どんなまちになるのだろう熱田区役所(左上)、白鳥庭園(右上)、宮の渡し公園(左下)、名古屋国際会議場(右下)。熱田は将来どんなまちになるのだろう

2015年 05月30日 11時24分