住民間のコミュニケーションが合意形成、10年間の長期戦に役立った

マンションには住民が気軽に集まり、話しあえる場所が必要だと公開空地を望む場所に設けられた集会室マンションには住民が気軽に集まり、話しあえる場所が必要だと公開空地を望む場所に設けられた集会室

マンション建替えでは合意形成が問題になることが多い。そこで大事になるのは日常的な住民間のコミュニケーションである。日常的な付き合いがなければ、建替え、建物の維持管理に無関心な人に働きかけにくいし、率直な意見を交わしにくくもなる。

これに関して建替え動議から10年を経て隣接するマンションと一緒に共同建替えに成功した白金台マンションでは他にあまりない試みがあった。ふれあいサロンという集まりである。竣工時に入居、長年ふれあいサロンを牽引してきたIさんによると、ふれあいサロンは「管理組合とは別の、マンション単体で成立している自治会。活動としては大きく2つあり、ひとつは月に一度、テーマを決めて話し合いをするもので、毎回10~15人が参加していました。もうひとつは、夏なら花火大会、年末ならバザーなどをやるというもの。行楽に出かける時などはバス1台分、30人くらいは集まりましたね。もうひとつ、ペットを飼っている人たちだけのペットクラブという集まりもあり、これも月に1回程度の集まり。周辺に迷惑をかけないためにというようなテーマが多かったようです」。

ふれあいサロンが始まったのは建替えの計画が出たと同じくらいのタイミング。「エレベーターで会っても知らない人が増えたし、このまま、建替えとなると反感を持つ人もいるだろう。だったら、少しずつ、多くの人とコミュニケーションを取っていきたいというのが発端。今考えてみると、これがソフト面から建替え計画をバックアップしたんだなと思いますね」。

建替え計画が出た時点でもうひとつ、実施されたことがある。「長期的に建替え計画に取り組むため、管理組合の理事の任期を1年から2年に延長。管理費などを見直して余剰金を生み出しました」。マンション建替えでは竣工、販売が終わらなければかかった費用は回収できない。管理組合が主体となった建替えでもデベロッパーの関与が必要なのはそのため。また、白金台マンションでは当初自前でコンサルを頼んだ時期もあったそうで、建替えには何かとお金がかかる。事前に用意しておく必要があるというわけだ。

高齢者が自分の損得を超えて建替えに賛成、応援した

披露会で公開されたゲストルーム。眺望の良さに歓声をあげる人も多かった披露会で公開されたゲストルーム。眺望の良さに歓声をあげる人も多かった

高齢になればなるほど、現状を変えたがらなくなる人が増える。そのため、マンション建替えの動議があると、建替え自体に反対するわけではないものの「私が死んでからにしてほしい」という声が必ず出る。費用負担がある場合には特にそうした声が多く、建替えが進まないのはよくある話だ。だが、白金台マンション建替えでは高齢者が先頭を切って賛成、応援をしたという。

竣工を祝う会で何人かの挨拶の中に田上昇さんという、建替え進行中に亡くなった人の話が出た。建替え案が出た時点で90歳超だった田上さんは「本当は反対したい。でも高齢者が、自分が死んでからと次々に言い出したら計画は止まってしまう。だから、賛成するよ」とおっしゃったそうで、計画が苦難にぶつかる度に応援し続けたとも。建替えには時間がかかる。田上さんが新築になった住まいに自分が戻ることがない可能性を知りながらも、他の住民のためにと賛成した心の内を考えると、部外者の私でもうるうるする。こうした人の存在が住民の心をひとつにしたのだろう。

もうひとり、仮住まい中の去年4月に夫を亡くしたという女性の話を聞いた。「実家の庭に家を建て、そこに仮住まいをしていたので、今回、再度引っ越すのは経済的に辛い。でも、亡くなった夫がここに戻ってくることを本当に楽しみにしていたので、私だけでも夫のために戻ろうと考えている」。建替えに時間がかかることを思うと、建替え中にこうした思いをする人を増やさないためにも、耐震強度などの問題があって建替えるつもりなのであれば早め、早めに検討することも大事なのかもしれない。

住民全員が一致団結して参加、人間関係が宝になった

住民間のコミュニケーション作り、高齢者の賛成と応援などで住民が建替えに向かって一致団結できたことも成功の大きな要因である。現役時代には大手企業で設備投資の建設関係の仕事に携わってきたというOさんは「大きなプロジェクトが成功するかどうかは、参画する人の人間関係で決まります。中心になる人が私心のない、自ら動く人であれば、いい人が集まって成功しやすくなるのだと思いますね」と解説してくださった。

設計担当のHOU一級建築士事務所の山内研さんも私心のない、みんなのために働こうという人の存在が大きかったと言う。「この仕事には成功報酬ということで関わった。だから、7年間無報酬だったのですが、途中で私に『先生、金もらってくれよ』と言い出す人がいたんです。『管理組合には金、ないだろう、いいよ』と答えると、自分がなんとかするという。こういう人がいる限り、ここはまとまるなと思いましたね」。

こうした人たちの存在が他の人たちにも伝播する。前述のOさんの自宅は横浜。この物件は仕事が忙しくなった時の宿泊所として使っており、建替えが決まって価格が上がった際には一瞬、売ってしまおうかと思ったという。「でも、建替えは3年、5年と続く事業。リタイア後の私にとってひとつの目標に向かって誰かと一緒に何かをやり続けるのは、今後、そうそうできる経験ではない。だったら、ここでの人間関係を自分の人生の宝にしよう、そう思って最後まで付き合うことにしました」。

宝となる人間関係は参加することで生まれてもいる。たとえば、建設時に周辺住民に対して行う説明会はたいていの場合、デベロッパー任せになることが多い。ところが、白金台マンションでは住民自らが説明を担当した。当然、批判、苦情その他で辛い思いをしたはずだが、自分たちでやり遂げたという達成感、連帯感は大きかったはず。それが10年間、住民をつなぐ紐帯となったのだろうと思う。

最適な専門家が集まり、チームとして問題に対処した

住民以外で、今回の共同建替え成功のキーパーソンとなったのは前述の山内さん、野村不動産住宅事業本部マンション建替推進部の西出敏彰さんの2人である。山内さんはこの物件に関与する以前にも、今回利用した総合設計制度でタワー建設を手掛けており、経験豊富。また、「建替えで高齢者も含めた多くの人たちの合意を得るには、損得だけではまとまらない。ところが、山内さんは人間関係などの大義から説得していく。その筋道の立て方がすばらしくうまい」とは事務所スタッフの方の弁。若い人に向けては響く「建替えたら得しますよ」という言葉も、高齢でお金よりも住み慣れたところが良い、引っ越しが面倒という人には響かない。そこをどう納得してもらうか、どうやら、山内さんには独自のノウハウがあるようだ。

また、西出さんの根気強い住民との対話も円満な建替えのための大きな力となった。「平成18年に弊社が関わって以来、一家族当たり平均で7~8回の個別面談を行い、各家庭のご要望や悩みごとをお聞してきました。多い人の場合には15~16回くらい、お目にかかっています。だから、4年近い建設工事期間を経ても90余人全員のお顔とお名まえは覚えています」。90人×7回としても630回である。実際にはそれ以上に及ぶわけで、通常の新築マンション販売の、売ったらおしまいという関係からすると、驚くほど気長な話である。建替えが大変というのは、この一事だけからでも推察できるというものだ。

これだけの規模の事業のため、野村不動産では複数の担当者が交代しながらこの事業を推進してきたが、西出さんは当初から一貫して関わってきた。同じ担当者が最初から最後まで変わらずにいたことも、住民の安心につながったのだろう。ここまでの状況からも分かるように、建替え事業は決して効率の良いものではない。だが、社会的ニーズの高まりを受け、野村不動産では積極的に建替え事業に取り組んでいる。現在14件の建替え事業に参画しており、将来的には業界トップを目指していくという。老朽化したマンションの建替えに対する積極的な動きが今後も続くことを祈りたい。

右は山内さん、左は西出さん。住民以外で今回の建替え推進に大きな役割を果たしたお二人右は山内さん、左は西出さん。住民以外で今回の建替え推進に大きな役割を果たしたお二人

港区内、桜田通り沿い、最寄駅から徒歩3分の立地も大きな要因

桜田通り沿い、明治学院大学と同じ側に立地、最寄駅からは歩いて3分と便利だ桜田通り沿い、明治学院大学と同じ側に立地、最寄駅からは歩いて3分と便利だ

最後の、実際には非常に大きな要因が立地である。この物件は港区内、桜田通り沿い、最寄駅の都営浅草線高輪台駅から徒歩3分と非常に恵まれた立地にあった。これが郊外の物件だったらどうか。山内さんに聞いた。

「この物件は土地代で坪150万円、超高層なので建築費で坪150万円程度はかかりましたが、坪300万円以上で売れたのでなんとか収支があった。超高層ではない、普通のマンションでも建築費は80~100万円はかかりますが、そこに土地代を入れた価格をプラスして、それより高く売れるところでなければ収支は合わない。土地代+建築費が200万円かかったとして180万円でしか売れないところでは、持ち出し無しの建替えはできない計算になります」。まして昨今は東京五輪、東北復興などのあおりを受け、人件費などがかなり高騰している。そこで建替えとなれば、ただでさえ利幅が薄いビジネスがよりリスキーになる。しばらくは建替えは難しいかもしれない。

ちなみに建替えでこの物件の価値はどうなったか。投資用として購入、今後も自分の所有する部屋は賃貸にするつもりという男性によると「所有しているのは約45m2の部屋で購入時の価格は700万円。現在の価格は4000万円。6倍までは行っていませんが、だいぶ上がりました」。

この物件では立地の良さから投資用として所有していた人も多く、その中には建替えに反対した人もいた。「建替え期間中は家賃が入らなくなりますからね、それでローンでも払っていたら支払ばかりで収入がないことになります。反対は当然かもしれません」。その反対意見には建替えで価値が上がることで納得してもらったそうだが、投資用で所有している人がいる場合にはそうした説明も用意しておくべきだろう。

以上、共同建替え成功の要因をまとめてみた。一般には立地が成功の要因とされ、このケースでも大きな要因ではあったが、取材にお邪魔して感銘を受けたのは建替えに関わった人たちの熱意と人間関係の緊密さだった。70歳、80歳が中心だというのに、いずれの人も若々しく見えることへの驚きもあった。実用的なノウハウではないように思われるかもしれないが、どんな事業も成功は人による、そんなことを思いもした。これから建替えを計画する人にはぜひ参考にしていただきたい。


■記事でご紹介した情報についてはこちらから。
HOU一級建築士事務所:http://www.hou.co.jp/
野村不動産のマンション建替え事業:http://www.proud-web.jp/form/index.html

2014年 10月09日 11時44分