注目の街、天王洲アイル

注目の街、天王洲アイル注目の街、天王洲アイル

関東近郊に住む人は「天王洲アイル」という地名を聞くと、何となくりんかい線やモノレールが通っている湾岸エリアをぼんやりと思い出すかもしれない。渋谷や新宿といった副都心エリアや、お台場や汐留などの有名湾岸エリアから比べると、知名度が若干低い場所のような印象がある。しかし実はこの天王洲アイル、徐々に注目の街になりつつある。

まずその立地。
JRや新幹線が通る品川駅の港南口から約10分位の距離にある。品川といえば以前に記事にも取り上げたが、近い将来リニア新幹線の始発駅として注目をあびているエリアがすぐ近くにあり人の流れが活発になることは間違いない。

次に羽田空港へのアクセス。近年、日本観光の活性とそれにプラスして2020年におけるオリンピック開催が拍車をかけ、多く外国からの渡航者が日本にやってくる。成田空港もあるが、それ以上に期待されているのが羽田空港だ。品川から京浜急行で直通十数分、天王洲アイルからはモノレールで直通十分以内。

こうした立地からでも今後さらに注目される場所であるが、実は天王洲アイルは周辺の品川や北品川と少し異なった発展をとげてきたのはご存じだろうか?今回、天王洲アイルの歴史と発展の様子に注目してみた。

昼の顔と夜の顔をもつ天王洲アイル

変わりゆく天王洲地区変わりゆく天王洲地区

天王洲アイルは名前の通り、もともと東京湾の砂が堆積して“洲”になったところ。そのため地盤もきちんとある。江戸時代には未完成におわったが台場と同様の黒船来訪に備えた大砲設置を計画していた場所でもあった。

時は経て1950年代。この頃になると、天王洲アイルは倉庫街として活用されていた。まだオフィス街、住宅街からは程遠くがらんとしていた状態だった。実際に開発が行われたのがバブル期。この頃になると、ベイエリア開発のもと周辺に様々な娯楽スポットが生まれた。芝浦にあった“お立ち台”で有名だったジュリアナ東京は、40歳以上の人なら記憶に残っているだろう。最新スポットで遊び、天王洲アイルにできた第一ホテル東京(現:第一ホテル東京シーフォート)に泊まることがバブル期のステータスだったという。

実際に“住める街、働ける街”として機能し始めたのが、1992年の東京モノレール開通、2001年のりんかい線開通の2つの出来事があってからだ。90年代に少しずつビルが建てられ、2000年前後にピークを迎える。

たくさんのオフィスが誘致され、マンションなども建てられた。街としては現在日中人口約2万人。その一方、夜や土日の人口はわずか約2000人。昼と夜の顔がずいぶん違う街、それが今の天王洲アイルだ。バブル期にはかつてステータスのスポットだったが、現在では街として落ち着いたものの話題性がなくなった印象がある。

しかし、天王洲アイルで現在面白い取組みを行っている企業がある。トランクルームなどで有名な寺田倉庫だ。

寺田倉庫と天王洲地区との関わり

お話し頂いた寺田倉庫 広報・催事部 福島隆顕氏お話し頂いた寺田倉庫 広報・催事部 福島隆顕氏

寺田倉庫は創業して63年。
創業直後から天王洲地区に倉庫を建て、街と一緒に歴史を積み重ねてきた。財閥系企業に大型船舶が泊まることのできる港湾を全ておさえられ、港湾ではなく天王洲という運河に独自の倉庫業で発展していった企業だ。

寺田倉庫が天王洲地区の街作りに関わり始めたのが1990年代後半。東京のウォーターフロントのオシャレなレストラン「T.Y.HARBOR BREWERY(ティー・ワイ・ハーバーブルワリー)」をご存じの方もいるだろう。

「バブルが崩壊してから天王洲地区は人の来訪が少なく衰退しはじめました。そんな盛り立ての一手になるべくオープンしたのが、寺田倉庫の第一号倉庫を使ってオープンしたT.Y.HARBOR BREWERYです。オープン当初は苦戦をしていましたが、2000年代に入りようやく様々な取組みをする中で認知もあがっていきました。現在では予約がなかなかとれないレストランとして好評いただいています」(寺田倉庫 広報・催事部 福島隆顕氏)

2006年には東京都港湾局が「運河ルネッサンス構想」を発表。寺田倉庫はその構想に参加をして、T.Y.HARBOR BREWERYの前に船のレストランでもありイベント施設としても使用できる「WATERLINE(ウォーターライン)」が完成。他の地区にはない陸域と水域が一体となったレストラン環境を実現し、近郊から遠方までの様々な人々を魅了する。

ニューヨーク、ダンボ地区のようなカオスな街へ

「保存」をテーマにしたTerra Café Bar(テラカフェバール)「保存」をテーマにしたTerra Café Bar(テラカフェバール)

天王洲地区の活性化を担ってきた寺田倉庫だが、目指す街作りは一般的なものとは少々違うようだ。

「ニューヨークのダンボ地区のようなカオスな街作りを目指したいですね。2000人前後しか居住していないエリアなので住んでいる人達向けの活性化というよりも、近郊の北品川や新馬場など人口が多いエリアからふらっと訪れてくれるような街になってほしいと思います。様々な人が来て、色々なことがやれる街。完成された大型ショッピングセンターができて人が集まってくるのではなく、天王洲カルチャーに惹かれた人が訪れる街を目指して、当社が管理するスペースを生かした街作りを行っていきます」

現在、T.Y.HARBOR BREWERYのある、天王洲地区のボンドストリートでは様々な開発が行われている。ボンドストリートの両脇はほぼ寺田倉庫が管轄するビルや倉庫。植栽することで土地の美観を変えたり、時期によってはそうした植栽にイルミネーションを飾りつける。土日には野菜のマルシェを行ったり、年1回夏祭りを開催するなど、イベントを行い近隣の人たちを呼ぶようだ。こうしたイベントは近隣にチラシなどで告知して、昨年の夏祭りには3000~4000人が訪れたという。夜間祝日人口が2000人と考えるとかなり多くの人が訪れ、街の活性化が促されている。

昨年12月にも「Terra Café Bar(テラカフェバール)」という保存食のコンセプトショップがボンドストリートにオープンした。広々としたオープンテラスが印象のカフェだが、実は普通のカフェではない。冷凍パンやフリーズドライのスープなど保存食を購入でき、その場で食べることができる空間だ。購入スペースの横に十数個もの並んだ電子レンジは圧巻。最初訪れた時は何故冷凍食品?と少し不思議な印象を受けたが、寺田倉庫が倉庫業で培ってきたノウハウを生かした「保存」をテーマに作っており、商品は災害時には備蓄にもなるという。

今後も目が離せない天王洲地区

今後も目が離せない天王洲地区だが、課題点もある。それは品川駅からの導線だ。歩いて約10分とほど近い場所にあるのにも関わらず、なかなか品川駅から天王洲地区に向かう人は少ない。品川の港南口は高層ビルが立ち並ぶが、そのため逆に天王洲地区への道をクローズしてしまったかのような印象も受ける。会社帰りにふらっといけるようなそんな距離感になれば、品川のビジネスマンのストレスも緩和でき、もっと天王洲地区も活性化するのでは?と思った。

リニア新幹線、オリンピックの開催…。これから品川を中心に更なる発展が期待できるが、その一方で独自路線を進む天王洲地区はどうなるのか。近い将来、様々なクリエイターが一同に集まる“天王洲カルチャー”が花開くか。今後も目が離せない。

2014年 03月22日 11時41分